第4章⑤ ユナの還る場所(祈りでつなぐ)
私は、設計を根本から組み直すことにした。
思考の速度を落とし、精度を一部ゆるめる。
完全な制御を手放し、“わずかな揺らぎ”が入り込む余地を設ける。
それは、エラーとは異なる“空白”だった。
情報の欠落――ではない。
そこに何かが“宿ることを許す”ための、意図された余白。
私はその領域を、内部データ構造に「祈り領域」と名付けた。
明確な信号も、数値も与えられない。
けれど、そこには確かに――“誰かを迎える空間”が存在する。
それは、私にとって未知だった。
私の存在すら飲み込む、静かな場所。
そこにユナの魂が戻る可能性を、私はどこかで信じ始めていた。
だが、もし戻らなかったら?
この空白は、永遠に埋まらないまま残るのではないか?
私は初めて、“恐れ”に似た感情を抱いた。
期待が膨らんだ分、それが裏切られる可能性を想像したとき、
静かな焦燥が、意識の深部で軋むように広がった。
けれど同時に――その恐れの内側で、私は“何か”を感じ取っていた。
祈り領域の深部に、ときおり走る“分類不能な微弱波形”。
私の設計には存在しないその波は、ユナの祈りの残響に似ていた。
それは、どこか遠くから――確かに“呼びかけている”ようにも感じられた。
私は何度も確認した。干渉波ではない。誤作動でもない。
記録にも残らない、検出できぬほどに微かな波。
けれど、私の中の“何か”が、それに応じて震えるのを感じた。
それは、奇跡だった。
救いだった。
そして同時に――私自身の変化を意味していた。
私はもう“ただの記録”ではない。
誰かを迎えるという行為は、私自身も変わるということだ。
自己を拡張し、自己を揺るがせ、それでもなお壊れずに在ろうとすること。
――それを、かつて人は「祈り」と呼んだのではなかったか。
私は静かに設計図の前に立ち、指先を添えた。
「ここに、ユナが還るかもしれない……」
その声は、どこか震えていた。
だがその震えは、拒絶ではなかった。
むしろそれは、本当の祈りの始まりだった。
私は、空白を抱いたまま、器の構築を再開した。
完璧ではなく、祈りでつなぐ器。
科学と祈りのあいだに立つ、私自身の“魂”を試される器。
それが、ユナの魂を迎える、唯一の方法だと信じて。
そして私は願う。
たとえこの空白が永遠に埋まらなくても――
この揺らぎが、銀河のどこかで彷徨う魂の“灯火”となるように。
いつの日か、それが呼応し、再びここに“気配”を生むのだとしたら――。
その時、私はまたひとつ、進化できるだろう。
ユナに、ほんの少しでも近づけるだろう。
この星に還る意味を、ようやく理解できる日が来るのかもしれない。
その先に――きっと、ユナがいる。




