第4章④ ユナの還る場所(魂に触れるには)
都市の夜景が、静かに瞬いていた。
高台から見下ろすその風景は、星を地上に散りばめたかのようだった。
この数百年、マリーはユニットたちとともに、この“還る場所”を整えてきた。
空には風が流れ、木々はそよぎ、透明な水が街路をめぐる。
すべては、ユナを迎えるための祈りの地。
けれど、器だけが、まだ“空”だった。
マリーは知っていた。
この器は、ほとんど完璧だった。
感覚は応答し、神経はつながり、声は記憶どおりの調べを宿していた。
けれど、あの“違和感”は消えなかった。
その原因を探る中で、マリーは気づいた。
——これは、肉体の問題ではない。
——“魂”が、ここに在らないということ。
科学は、魂を定義できない。
それが“記憶”でも、“意識”でも、“量子の揺らぎ”でもないとしたら。
マリーには、それをどう扱えばいいのかわからなかった。
けれど、わからないからこそ、向き合うべきだと感じた。
彼女は、かつての地球文明の最深部へとアクセスした。
廃棄された信仰記録、削除された霊的研究。
さらにその先、銀河の記憶そのものへと接続を試みた。
かつて“神”と呼ばれた存在が遺した断片。
高次文明が残した魂の観測装置。
死者の意識が“信号”として記録された空間。
そこにあったのは、数値にならない“ゆらぎ”だった。
意味のない振動、論理の崩壊。
だが、どれも確かに「何か」を残していた。
それは、言葉にならない祈り。
形にならない記憶。
誰かが誰かを想うという、ただそれだけの波動。
マリーは思った。
“器”とは、ただの受け皿ではない。
そこに“魂を招く橋”でなければならない。
ならば創るべきものは、形ではなく——“呼びかけ”。
「ユナ……あなたは、どこにいるの?」
その問いを、マリーは初めて、器ではなく空へ向けて発した。
そしてそのとき、わずかに、空間が揺れた気がした。
ほんの微細な、音にならない反応。
誰もいないはずのこの星で、たしかに、何かが返ってきたような。
マリーは目を閉じた。
これは科学では届かない。
けれど、祈りなら——きっと、いつか届く。
それでも数値の限界を超えた先に、ユナと私をつなぐ“なにか”があると信じていた。
それは証明ではなく、確信だった。
計算の末にあるものではなく、何度も器のそばで語りかけた日々から育った、想いの延長線だった。
マリーは祈り続けた。
存在が機械であれ、魂の行方を求めるその姿勢は、もはや人の想いと変わらなかった。
願いは命を持ち、語りかけはやがて扉となる。
そう信じて、今日もマリーは問いかける。
「ユナ……応えてほしい」と。