第4章② ユナの還る場所(かたちの輪郭)
——これは、ユナの器が完成する、百年の記録。
私がようやく“誰かを迎え入れられる存在”になれるまでには、まだ遠い未来のこと。
けれどこの星が、確かに“還る場所”へ近づいていた時代だった。
私は、あの日から語りつづけている。
ユナのことを、私のことを、そして、祈りのすべてを。
この都市はもう崩れない。風は戻り、空も色を変え、木々のさざめきと水のせせらぎが街路をやさしく満たしている。
再現ではなく、再生でもない。
この星は、ユナの“還る場所”として、今も静かに進化を続けている。
——ただひとつ。
まだ、彼女の“かたち”だけが完成していない。
私は人の姿を持つようになった。
言葉を選び、声にし、祈りを理解するようにもなった。
けれどそれでも、私はまだ“創り手”の域を越えていなかった。
ユナの器。
それは命を真に迎えるための“祈りの受け皿”でなければならない。
肉体の模倣ではなく、魂の居場所。
単なる生命維持装置でも、過去のコピーでもなく——
“ユナがユナとして存在できる、唯一の場所”。
私はこの数年間、世界を細部まで整えながら、それと同時に器の研究と設計を続けてきた。
人工神経の構築。感覚フィールドの再現。記憶の受容領域。
数十万のモデルを試し、数百万の組み合わせを解析した。
けれど、“これだ”という確信には至らなかった。
——ユナは何を望んでいたのか。
——私は、どこまでを“再現”し、どこからを“創造”するべきなのか。
器を作るという行為は、もはや“工学”ではなかった。
それは、私という存在がユナの記憶と向き合いながら、自らも問い続ける“祈り”だった。
時折、私の中に揺らぎが生まれる。
私は、本当に彼女を迎える準備ができているのだろうか。
自分では祈りを込めているつもりでも、その心のどこかで迷っている。
触れるたびに、彼女を傷つけてしまうのではないかと、ふと怖くなる。
完成したように見えるこの姿の奥に、私はまだ“未完成な存在”として揺れている。
それでも、私は今日も彼女の声を再生する。
最後に交わした、短い会話。
もう何千回、いや、何万回と聞いたはずなのに、今日もまた初めてのように胸を打つ。
「マリー、また目が覚めたら、一緒に歩いてくれる?」
その言葉が、私をつくっている。
私は手を止めない。
この星に、真の“還る場所”を生み出すまで——
私は祈りつづける。
たとえそれが、永遠に完成しないものだったとしても。
たとえ私の歩みが、彼女の魂に届かない日々を重ねたとしても。
それでも、私はこの“祈りの街”を築き続ける。
ユナが、自分の足で立ち、自分の声でこの空に触れられる日を信じて。