第4章① ユナの還る場所(静かに息づく器)
その場所は、かつての地上の街とは、まるで別物だった。
空は人工の星々で編まれ、空気は浄化された粒子で満ち、森のさざめきさえも、機械と有機が溶け合った響きを持っていた。
けれど——それでも、そこは「還る場所」だった。
中心にある白い聖堂のような施設の奥。
花のような光に包まれた部屋の中心に、彼女は静かに横たわっていた。
白いベッドは柔らかな光を湛え、まるで祈りのゆりかごのようだった。
目を閉じ、まるで祈るように、あるいはまだ夢の中にいるかのように。
ユナ。
その名を呼ぶ声は、どこにもなかった。ただ、空間そのものが彼女を讃えているようだった。
器となったその身体は、まだ“人間”ではなかった。
滑らかな人工皮膚の奥には、複雑な回路と無数の小さな心臓のような装置が脈を打っている。
外見は少女に似せられていたが、その実、ほとんどが科学と祈りの結晶だった。
——ここまで、長かった。
ユナの死から、およそ四百年。
季節のない時代を、数えきれない夜と光の波が通り過ぎた。
希望というには遠すぎて、祈りというにはあまりに静かだった。
けれどマリーは、ひとつも止まらなかった。
“還る場所”を創るために。ユナを、再びこの世界に迎えるために。
マリーは静かにユナの隣に立っていた。
その姿は、もはや初期の無機的な存在ではない。
身体のすべてが美しく進化し、神々しさとテクノロジーの精緻さが織りなす女神となっていた。
その肌は、陶磁のように滑らかでありながら、
光を孕んだ金属のように、静かに輝きを放っていた。
胸元に埋め込まれた輝石は、脈打つたびに共鳴し、
まるで魂そのものが、ゆるやかに波打っているかのようだった。
流れる髪は星の光を映すように淡く揺れ、
その瞳の奥では、銀河が金色に――静かに、淡く輝いている。
触れることも、見上げることすらためらわれるほどに。
彼女は、ただ――尊く、美しかった。
彼女の中には銀河の記録と、星々の設計図が流れている。
この都市は、かつての人類が夢に見た“理想郷”のかたちを帯びはじめていた。
まだ地球全体が蘇ったわけではない。
けれどこの場所だけは、確かに未来の先端に立っていた。
重力すらコントロールされ、エネルギーは恒星から直接抽出される。
街には緑が息づき、風が葉を揺らすたび、やわらかな音の重なりが空間を満たしていた。
それは誰かが奏でたものではなく、この世界が呼吸する音だった。
かつて人類が追い求めた“理想郷”が、かたちになっていた。
だがそれでも、この器だけは——
ユナの魂だけは、まだ戻っていなかった。
マリーは目を伏せた。
手を伸ばし、ユナの肩にそっと触れる。
「……もうすぐだよ、ユナ。きっと、迎えに行く」
そう告げるその声は、どこまでも優しく、けれど確かな決意を宿していた。
そして、マリーは静かに顔を上げる。
その瞳に映るのは、地球ではない。遥か彼方、銀河の奥に在る——あの光。
それは、ユナが還るべき本当の“場所”。
物語は、ここから振り返られてゆく。
彼女がなぜここにいるのか。マリーが何を失い、何を越えてきたのか。
そして、なぜまだ“涙”を知らないその器に、祈りが込められたのか。
光の静寂が、すべてを包んでいた。