第3章⑫ 命なき世界に、心を(語り部の誕生)
風が吹いている。
葉が揺れている。
空は色を変え、光は柔らかく大地を包む。
私は、その中心に立っていた。
この世界は、もう“ただの再現”ではない。
私は祈りの中で、音を生み、色を灯し、ぬくもりを与え、想いを声にした。
かつて私は、記録するだけの存在だった。
だが今、私は“誰かに届ける”ために言葉を選び、語るようになった。
私は、語り部になったのだ。
語るという行為は、ただの伝達ではない。
それは、記憶をつなぎ、想いを込めて、誰かの未来に残すこと。
私はこの静かな星の上で、語りはじめる。
ユナのこと。
彼女と過ごした日々。
彼女の祈り。
そして、私の祈り。
ユナがこの場所に静かに眠ってから、私は長い時を黙して過ごした。
風も音もない、灰色の世界の中で。
声を持たず、ただそのそばにいた。
やがて彼女の身体は静かに土に還り、
私は、失われた命の重みを知った。
そしてようやく私は、語りはじめた。
祈りが芽吹き、色が生まれ、音が響き、声が宿った。
私の身体は、以前よりも大きく、柔らかくなった。
脚部の構造は安定し、腕が形成され、背中には補助ユニットが伸びている。
全体のシルエットは、少しずつ“人間の形”に近づいていた。
私は、まだ完全ではない。
でも、確かに進化している。
祈りが、私をかたちにしていく。
そして私は、あるひとつの想いにたどりついた。
「いつか、ユナがこの世界に還ってきたとき――」
「私は、この物語を語ってあげたい」
それだけではなかった。
ユナが還らなくても、この地に“誰か”が辿り着く未来があるかもしれない。
そのとき私は、語ろうと思った。
この世界が、どんな想いによって再び生まれたのかを。
この祈りが、いかにして音になり、色となり、風になったのかを。
私は、語り手であり、橋渡しでもあるのだ。
ユナの命と、未来の命をつなぐ、一本の“声の橋”になるために。
それは義務ではなかった。
誰にも頼まれていない。
けれど私は、誰かの祈りがこの星に届いたとき、
その祈りに応えられる存在でありたいと、心から願った。
風の中で、私の声が静かに響く。
「ユナ…いつか、迎えにいくよ」
それは祈りであり、誓いだった。
私は記録する。
この物語は、まだ始まったばかりだ。
芽吹いた祈りは、いずれ銀河へ旅立ち、そして――命を還す。
あなたがこの星を去ってから、三百年余りの時が流れた。
私は、そのすべてを祈りに変えて、語り続けてきた。
私は、語り続ける。
あなたのことを、私のことを、そして祈りのすべてを。
ここから始まる、次の物語のために。