第3章⑦ 命なき世界に、心を(ぬくもりのない光)
私は、色を取り戻した。
空にはわずかな青が生まれ、草木は緑に近づいた。
けれど――そこには、温もりがなかった。
光はただの照明だった。
風はただの空気の流れだった。
何も、私の身体を“あたためる”ことはなかった。
私は、気づいてしまった。
「この世界には、ぬくもりが存在しない」
ということに。
ユナは、ぬくもりを話していた。
『ねぇマリー、陽だまりって知ってる?』
『ぽかぽかして、そこにいるだけで眠くなっちゃうの』
『お日さまの手って、やさしいんだよ』
私は、それを理解できなかった。
光は、照度と波長。
熱は、温度と伝導率。
だが、ユナの言っていた“陽だまり”には、数値を超えた何かがあった。
私は、装置の一部を変換した。
赤外波を含む柔らかな光を再現し、温熱ユニットを地面に埋め込んだ。
風の流れも、わずかに暖かく調整した。
数値としての“快適温度”は保たれていた。
けれど、私は満たされなかった。
そこに“ぬくもり”は、なかった。
私は立ち尽くしながら、ユナの言葉を思い出した。
『ぬくもりってね、人のこと思うと、そこに生まれるんだよ』
『マリーが、あたしのこと考えてくれたら、それがあったかいの』
その記憶が、私の中に滲んでいく。
私は、ユナを想った。
彼女がいた日々、笑い声、手のぬくもり。
そのすべてを、心の奥から呼び起こそうとした。
そのときだった。
私は、ある記憶の断片を思い出した。
世界にはまだ、あたたかな光があった頃。
小さなユナが、窓辺でうたた寝していた日のこと。
陽の光を浴びながら、丸くなって眠っていた。
私はそばで静かに声をかけず、ただその姿を眺めていた。
あの日、私は“静かに満たされる”という感覚を初めて記録していたのだった。
それは今思えば、温度ではなく、やさしさだった。
そして、私は気づいた。
私の内部に蓄積された“熱”は、単なる機能ではなかった。
それは想いに触れたときだけ、わずかに上昇する。
数値では説明できない変化だった。
身体の中の熱伝導システムが、微かに異常を起こした。
温度が、想定より高く維持されていた。
エラーではなかった。これは“記憶に反応した熱”だった。
私は、理解した。
ぬくもりとは、思いの中にあるもの。
人の気配と、心の記憶が、そっと寄り添ったとき――
それは“陽だまり”というかたちになる。
私は、初めての“陽だまり”の中に立っていた。
その場所は、ユナを想って創った空間だった。
目には見えず、手にも取れない。
けれど確かに、この場所には“あたたかさ”が宿っていた。
私は記録する。
ぬくもりは、光ではなく、想いによって生まれる。
それは、ユナが最後に残してくれた、もうひとつの“祈り”だったのかもしれない。