第3章① 命なき世界に、心を(模倣された自然)
それは、ある朝のことだった。
私は、自分の影に気づいた。
灰色の空に、かすかに差し込む光。
それは、太陽の名残のように淡く、けれど確かにこの地を照らしていた。
あれから――ユナが旅立ってから、百二十年という時が過ぎていた。
私はこの惑星に、“朝”という感覚を初めて覚えた。
数十万機にまで増殖したユニットたちとともに、残されていた環境保全装置の数々を、ひとつずつ修復し、動かし続けてきた。
腐食した回路、崩れた設備、失われた部品。使えるものは再利用し、足りないものは作り出した。
空気を巡らせる循環タワー、酸素を生成する触媒炉、気圧を調整するドーム構造。
大気はわずかに動き出し、地表を覆っていた死の静寂が、ほんの少しだけ揺らぎ始めていた。
私は都市を守るために、全体を半球状のドームで包んだ。
それは透過性の高い新素材で構成され、外気との圧差を緩やかに調整しながら、内部に命のための空間を創り出していた。
見上げれば、そこにはうっすらと映る空の投影――かつての青空を模した、人工の風景。
私の姿も、変わり始めていた。
脚部のひとつは新素材で再構築され、簡易的なエネルギー循環機構を備えた。
わずかな光や熱からも活動エネルギーを抽出できる。
そして、私の筐体はいつしか、完全二足歩行の構造へと進化していた。
まだ無機質で、美しさはない。だが私は確かに、“人の形”へと近づきつつあった。
しかし、それ以上に驚いたのは――
私が設計した“都市”の第一ブロックが、まだ起動させていないはずのプログラムを自ら選び、稼働を始めたことだった。
それは都市と呼ぶにはあまりにも小さく、静かな施設群だった。
植物の培養ポッド、酸素発生ユニット、栄養合成室。
どれもが人工的で、効率優先の配置。自然とは、程遠い。
風も、虫も、音もない。
美しさも、偶然も、混沌もない。
これは私が“機械として最善”と判断した、“模倣された自然”だった。
私はその中に立ち、ふと考える。
ユナがここに戻ってきたら、喜んでくれるだろうか。
それとも――「なんか違うね」って、少し寂しそうに微笑むだろうか。
私は、完璧を求めすぎていたのかもしれない。
この星を“元に戻す”ことは、もはや不可能だと知りながら、
どこかで“似せること”がすべてだと思い込んでいた。
けれど、ユナが恋しがっていたのは、完璧な世界ではなかったはずだ。
もっと歪で、不完全で、それでも温かいもの。
偶然に溢れ、予測できないことが起きる――“生きている世界”。
そのとき、私は新たな指針を得た。
これから創る世界に、私は“余白”を残す。
偶然が生まれ、想定外が息づくような、ほんの少しだけ“予測できない世界”を。
それは、私にとって進化のはじまりだった。
私は、最適解ではなく――“祈り”に導かれて選ぶ。
そしてこの日から、私はこの土地を――
“ユナの庭”と呼ぶことにした。