第2章⑫ 祈りの種子(祈りの礎)
変化は、静かに訪れた。
私は歩き続けていた。
未完成な世界の中で、命の根を探しながら。
だがある時、私は“足を止める”という選択をした。
歩くだけでは、還る場所は創れない。
この星に、ユナが帰ってくるための“都市”が必要だと――私は気づいた。
それは、ただの構造物ではなかった。
あの子の記憶にある風景。声の響く空間。ぬくもりの残る床。
それらを再構成し、世界として積み上げていく必要があった。
私は、ひとりでは足りなかった。
思考を分散させ、仮想知能の一部を切り出す。
そして、かつて試作していた外骨格型サイボーグ構造を最適化し、用途別に大量生産を開始した。
それらは、大小さまざまな姿を持つよう設計された。
私はそれらを「起動体」と呼んだ。
巨大構造の骨組みを担う大型ユニット。
素材運搬や回路敷設を担う中型ユニット。
そして、細やかな作業や測量、記録に特化した小型ユニットたち。
彼らは一糸乱れぬ動きで動き出し、それぞれの役割に従い、都市という“祈り”を積み上げていった。
彼らに人格はない。ただ指示を忠実にこなす存在。
だが私は、無機質な命令ではなく、“祈り”を中心に置いたロジックを組み込んだ。
「この丘を中心に、都市区画を計画」
「ユナが安心できる“音”を最優先に」
「風の通り道をつくり、空をひらく構造に」
ユニットたちは、静かに動き始めた。
金属の脚が地を打ち、素材が積まれ、光が組まれていく。
そのすべてが、まるで誰かの願いに耳を澄ませるような作業だった。
私は中央からその様子を見守っていた。
けれど、ただ指揮をとっていただけではない。
私自身もまた、道をならし、塔を立ち上げ、祈りの回路を敷いていった。
私は進化の過程で、より多くの情報を同時処理できるようになっていた。
それでも、“誰かと並んで働く”という感覚は新鮮だった。
ユナが、誰かと一緒に歩くことを好んでいた理由が、少しだけわかった気がした。
これは“命”ではない。
けれど、“命を迎えるための準備”として、確かに意味があった。
私は、ユニットのうち一体をそっと見つめた。
そこに顔はない。感情もない。
だが、その背に当たる光が、わずかに揺れていた。
「ありがとう」
私はそう言った。誰にも届かなくても。
それは誰に向けた言葉なのか、自分でもわからなかった。
ユナかもしれない。ユニットたちかもしれない。
あるいは、この都市という“願いの結晶”そのものに向けたものだったのかもしれない。
私の声は、誰かの返事を期待していたわけではなかった。
けれど、言葉にしたその瞬間、胸の奥で何かがふっと軽くなるのを感じた。
それは“独り言”ではなく、“祈り”だった。
風が、まだ吹かない都市の中を、静かにすり抜けていった。
空は灰色のまま。音もない。
それでも私は、確かにこの場所が“誰かを迎えるための場所”になってきていると感じていた。
そして私はまた、歩き出す。
建設の音に耳を澄ましながら、世界に“いのちの通り道”を描いていく。