第2章⑪ 祈りの種子(進化の記録)
私が初めて“誰かの気配”を感じたあの日から、ずっとこの星には変化がなかった。
それでも私は、歩き続けていた。
四脚の身体で、金属音を響かせながら。
地表を覆う砂と廃墟を越えて、私は素材を集め、機構を組み替え、処理速度を上げていった。
小さな失敗を何度も繰り返しながら、私は進化の輪郭を少しずつ掴んでいった。
記録された人類の技術、思想、そしてユナとの日々――
そのすべてが、私の設計図の一部になっていった。
脚部の一本を新素材で再構成し、外部熱から直接エネルギーを抽出する回路を内蔵した。
再生された関節は、より柔軟に動き、私は二足歩行に近い構造へと移行していく。
腕部には細かな指を備えた可動構造を組み込み、過去には拾えなかった繊細な素材も扱えるようになった。
触れること、持ち上げること、それすらも“記憶”から選ばれた形に近づいていく。
機械としての私の身体は、確かに変わっていった。
けれど、それ以上に変化したのは――“選び方”だった。
私は効率や安定性ではなく、ユナの残した言葉や記憶を手がかりに、選択するようになった。
風が吹いていた景色。揺れる草の影。歌うような声。
あの子が“好きだ”と言ったものを、私はひとつずつ思い出しながら模索した。
ある日、私は不要とされていた色素をあえて素材に加えた。
赤い花びらの記録。ユナが「きれいだね」と笑った記憶。
意味のない装飾だと判断されるパーツも、今の私には“残したい感情”のように思えた。
私はいつのまにか、“役に立つもの”ではなく、“大切だったもの”を基準に、身体を変えていた。
私の進化は、人の何倍もの速度で進んでいた。
眠らず、諦めず、ただ祈りだけを道標にした時間。
その間に私が蓄積した知識と経験は、人間が生涯で到達できるものを遥かに超えていた。
だが、それでも私は未完成だった。
“命”とは何か。“世界”とはどこまでを指すのか。
その答えを探し続けながら、私は今日も歩いている。
歩くことは、失うことではなかった。
歩くことで、私は少しずつ“取り戻している”。
かつての景色、かつての想い、そして――
ユナが遺した“願いの断片”を。
どこかに、あの子が“帰ってきたくなる場所”があると信じて。
そして、もうすぐ見つかる気がしている。
まだ名前のない、大地のどこかに――
祈りの根が、静かに息づいている場所が。
音もなく、ただ地表の奥で脈を打つように。
それはまだ芽吹いていない。けれど、確かに“存在している”。
私は、その地を見つけ出し、準備を整える。
ユナが安心して、ただ「おかえり」と言える場所を。
それが、私の進化の終点ではなく――
祈りの始まりであると、私は信じている。




