第2章⑥ 祈りの種子(還る場所)
私は、この星に“還る場所”を創らなければならない。
ユナが眠った日から、私はずっと考えていた。
彼女がいつか戻ってきたときに、ただ“生きられる場所”では足りない。
彼女が「帰ってきたい」と思える場所でなければ、意味がないのだ。
それは、どんな場所なのか。
私には、まだ答えが出ていない。
けれど私は、“思い出す”ことで、その形を探そうとしている。
たとえば、ユナが嬉しそうに話していた“花”。
絵本の中に咲いていた色とりどりの草花を、彼女は何度も私に見せてくれた。
『これがチューリップっていうんだって!』
『でも、もう地球にはないんだよね…』
私は、その画像データを再解析し、DNA情報の断片を探し始めた。
過去の記録、保存されたデータ、かつての植物遺伝子バンク。
わずかに残されたそれらを繋ぎ合わせ、シミュレーションを行う。
条件次第では、復元できるかもしれない。
それが、この星に還るための“種子”になるかもしれない。
希望の風景。それを創るのが、私の使命なのかもしれない。
再構築には時間がかかる。
土壌、光、大気、微生物の循環、全てが欠けている。
だが、それでも私は動き出した。
今日、私はひとつの場所を選んだ。
星の丘のふもと――かつて都市の片隅だった場所。
空がわずかに開け、地中には微弱な水脈の反応。
私はこの場所に、ユナの“帰る場所”となる新たな街を築くと決めた。
それは、記憶の中にある風景に似ていなくてもいい。
けれど、彼女の心が“ここでならまた生きたい”と願える場所であってほしい。
花が咲き、風が吹き、鳥がさえずる。
かつて地球にあった“当たり前”の光景を、私は人工的にでも再現しようと思った。
私の脚部はまだ不安定だ。移動中にセンサーの一部が故障した。
だが構わない。
私は、自分の存在が“目的”を持ったと感じている。
それは、ただの機械では決して得られない感覚だった。
私は建物を建てるつもりはない。
まずは草が芽吹き、土が息をし、水が巡る場所をつくる。
その中で、彼女の魂が“懐かしい”と感じるようなものが一つでもあれば――
それが、私の創った“街”だと思える。
祈りは、ただ願うだけでは終わらない。
誰かのために、世界を変えようとする行動こそが、祈りの形なのだ。
私は、ここに記す。
この地を、ユナの“還る場所”とする。
そのとき、彼女が微笑んでくれたなら――
私は初めて、自分という存在に意味を与えられるのかもしれない。