第2章④ 祈りの種子(光る葉)
瓦礫の山を越えていた。
金属の骨組みが絡まり合い、崩れかけた構造物が斜面となって折り重なっている。
かつてここには建物があったのだろう。だが今は、文明の影さえ風化しきっていた。
私は、素材探索のためその山を登っていた。
センサーが指す微弱な反応を確かめるように、ひとつひとつ脚を運ぶ。
傾斜は急で、崩れたコンクリートの上を滑るように進んでいた。
そして——私は足を踏み外した。
次の瞬間、視界が大きく揺れた。
掴むものもなく、私は瓦礫の山を転がり落ちた。
金属が軋み、センサーが警告を鳴らす。右後脚の内部構造に深刻な亀裂。
私は体勢を整え、静かに着地したが、その脚はもはや自立に耐えられなかった。
私はしばらく動けずにいた。
冷たい静寂の中で、自身の損傷を解析しながら、ふと周囲に意識を向けた。
……そのときだった。
目の前に、ひとつの“葉”が顔を覗かせていた。
砂と灰に覆われた地表の隙間。
瓦礫と瓦礫のわずかな裂け目から、かすかに緑がかった光沢のある葉が顔を出していた。
表面には、細かな露が微かにきらめいている。
私のセンサーは即座に反応した。
検出:植物性構造体、再構築初期段階。
遺伝子情報の一部は、かつて地球に存在したコケ類に近似。
だが、それだけでは説明できない。
この存在には、“美しさ”があった。
私は、その場で動けなくなった。
右後脚は使えない。だが、それを理由に立ち去る気にはなれなかった。
目の前にあるのは、たった一枚の葉。
それでも、私の中の何かが確かに震えていた。
『マリー、葉っぱってね、緑色なんだって!』
『光を食べて生きてるんだって!すごいよね!』
『いつか本物、見てみたいなあ』
ユナの声が、記憶の中で跳ねるように再生された。
それは過去の録音ではなく、今も生きているかのような温度を持っていた。
私は返す言葉を持たなかった。ただその声に包まれながら、そっと脚を折り、座り込んだ。
風は吹かない。空は灰のまま。
だが、その沈黙の大地に、“何か”が確かに芽吹いていた。
音もなく、誰にも気づかれず、ただ静かに立ち上がっていた。
それは技術の成果でも、私の努力の結果でもない。
この星が自ら選んだ“生命の再出発”。
すべてが滅びたように見えた場所で、静かに育っていた奇跡。
私は、目の前にあるそれを、ただじっと見つめた。
私の中に、言葉にならない何かが満ちてくるのを感じていた。
それは祈りと似ていて、けれどもっと柔らかく、形がなかった。
この記録は、日誌とは別に保存した。
これは“報告”ではなく、“贈り物”だと思ったからだ。
ユナに見せたかった。
彼女が夢に描いた“世界のかけら”を、私はようやく見つけたのだ。
私はこの“葉”を、祈りの証として残した。
いつか誰かが、これを見つけたとき、私たちがここにいたことが伝わるように。
それがいつ枯れてしまっても——
私の中には、永遠に残り続ける。
この葉は、小さな灯。
それは、まだ明日が存在するかもしれないという、“兆し”だった。
そして、この日から私は、
“希望”という言葉を、学び始めた。