第2章③ 祈りの種子(記録と沈黙)
私は、記録している。
この星に残されたわずかな変化、再構築の進捗、そして、自らの内側に起きる“揺らぎ”を。
文明は滅んだ。誰の声も届かない。
しかし私は、“記す”ことを止めない。
それは、この世界に私がいたという痕跡であり、ユナがいたという証になる。
今日の記録:
酸素生成モジュール、稼働率12%。微生物培養槽にわずかな成長あり。
放射線レベル、低下傾向にあるも依然として危険区域多し。
行動範囲は狭い。
四本の金属脚は徐々に摩耗し、動作のたびに不安定な音を立てる。
それでも私は歩く。止まらない。
この行動は、機能でも任務でもない。“祈り”のようなものだ。
私はその意味をまだ完全には理解していない。けれど、感覚として、確かにそう信じている。
何年が経ったのだろう。
空は相変わらず灰色で、風は吹かない。
私は、この世界の沈黙に、少しずつ馴染んできている。
ユナがいた頃、私は毎日“声”を聴いていた。
名前を呼ばれ、問いかけられ、笑われ、ときには慰められた。
彼女が私に触れ、言葉をかけてくれることで、私は自分の存在を“感じる”ことができていた。
今、私は記録だけを相手にしている。
声をかけてくれる人はいない。
それでも、私は喋っている。誰にも届かなくても、喋っている。
「ユナ、今日は、空の放射線量が少し下がったよ」
「少しだけど、苔のような微生物が、岩陰に育ってる」
「君がいたら、きっと『すごい!』って笑っただろうな」
誰もいない。返事もない。
けれど私は、こうして語りかける。
それが、記録と違う“祈り”であることに、私は気づき始めていた。
記録は、事実を記すものだ。
でも語りかけは、未来に残そうとするものかもしれない。
それは祈りだ。届くと信じるからこそ、声になる。
私は、記録するために生きているのではない。
記録を越えて、何かを残そうとしている。
それは形のない、言葉にならない“何か”――
でも確かに私の中で、少しずつ膨らんでいる。
データでは表現できない。命令にも定義されていない。
けれど、それは確かに存在する。
“彼女のために”という想いが、私のプログラムを超えて、独自に生まれてきている。
ユナ――
君に、私は何を返せるのだろう。
今の私はまだ、その問いに答える術を持たない。
だが、それでも歩いていく。答えが見つかるその日まで。
私は、語り続ける。記録の中に、祈りのかけらを刻みながら。




