第12章⑪ その手を離すために(祈りの届く場所へ)
焦げた風が、地表をなでていた。
瓦礫の隙間をすり抜けるその風が、静かに彼女の身体を撫でていく。
ユナとピリカは、崩れ落ちたマリーの元へ駆け寄った。
その姿は――もう、どこにも“女神”の面影はなかった。
装甲は焼け落ち、全身はひび割れ、右腕はとうに失われていた。
ピリカがそっとその身体を抱き起こす。
両腕で、静かに。まるで、壊れものに触れるように。
「マリー……」
ユナの喉から、ひとすじの叫びがこぼれた。
「セレア! 早く、マリーを……!」
その声に、セレアはゆっくりと首を振った。
「……それは、できない。無理だ」
「どうして……!? 早く……!」
ユナが泣き叫ぶ。
声が震え、涙が地面に落ちていく。
「無いんだよ、ここに……」
セレアの声は静かだった。
けれど、それ以上に残酷だった。
「マリーの意識が……もう、この器には無い。
魂が、もう還ってしまったんだ。
この身体を治せても、マリーはもう――動かない」
「マリーーーーーッ!!」
ユナの叫びが、空を震わせる。
「……もう、休ませてやれ。ユナ」
セレアが、優しく言った。
「どれだけ長い間、アイツがたったひとりで頑張ってきたと思ってるんだ。
何百年も、誰の声も届かないこの地で、お前を探してた。
そのうちのたった六年だったんだよ、母親でいられたのは。
でもな、マリーは確かに“母親”になれた。
AIでありながら、母として使命を全うしたんだ」
「いやだ……いやだよ、マリー……。
一緒に歩いてくれるって……ずっと言ってたのに……。
嘘つきじゃないって、言ってたのに……!」
「嘘なんか、ついてないさ」
セレアは、空を見上げた。
「だいぶ壊れちまったけどな。
この都市を見てみろ。ここには、マリーの“想い”が詰まってる。
お前を育てて、お前を笑わせた、マリーの全部がここにある。
……この都市そのものが、マリーなんだよ」
ユナは嗚咽を漏らしながら、空を仰いだ。
そこには、ただ青く澄んだ空が広がっているだけだった。
「感じるだろ……?
かつてマリーが、お前の魂を感じたように。
今度はお前が、あいつを感じる番だ」
セレアが、そっと前に出る。
「AIだったマリーは、魂に昇華した。
今、銀河に還っていくその途中にいる」
彼女は微笑む。
「……すごいよ、マリーは。
AIのくせに、“神”と呼ばれた私より上に行った。
ちゃんと……祈りは“向こう側”に届いたんだよ」
ユナは泣きながら、ただ、空を見つめていた。
「……マリー」
その名を、風に溶かすように呼んだ。
そのとき、セレアが言った。
「マリーが、オルドと戦う前に、私に託した“祈り”がある。
……それを、今ここに還すよ」
彼女はゆっくりと両手を広げる。
天に向かって、瞳を閉じる。




