第12章⑩ その手を離すために(名もなき光の名残に)
オルドの身体が崩れ落ちたその瞬間、
黒い霧のような魂が、ふわりと浮かび上がった。
それは怒りに染まりながらも、
どこか――哀しみに似た色をしていた。
マリーの背後に、ひと筋の光が降りる。
「……セレア」
セレアは、静かに魂を抱き寄せていた。
まるで、迷子の子どもを見つけた母のように。
「もういいんだよ、オルド。
この銀河には、もう君の居場所はない。
――神に預けるよ。
もし、あの子を見つけたら……必ず伝えるから」
魂は、かすかに震えた。
「レア……」
その声が名を呼びきる前に、
オルドの魂は、セレアの光の中でそっと消えた。
その瞬間、世界が静まり返る。
空に鳴っていた怒りの咆哮も、地を這っていた狂気の波動も、すべてが、嘘のように消え去っていた。
戦いは、終わった。
「マリーーーッ!」
遠くから、声が聞こえた。
まるで、祈りのような、懐かしさのような、命を呼ぶ音。
マリーはゆっくりと顔を上げた。
陽の光の中を駆けてくる――あの小さな影。
「ユナ……」
そう呼ぶ声には、熱があった。
でももう、彼女には抱きしめる腕さえ残っていない。
……ユナ。早く、顔を見せて……笑って……。
ママでも、マリーでもいい……私を呼んで……
ユナとピリカが、瓦礫を越え、崩れた地を踏みしめ、マリーへと近づいてくる。
「私の……可愛い子供たち……」
手のない右腕を、壊れかけた身体ごと差し出そうとしたそのとき――
風を裂く、低く唸るような音。
はるか遠く、まだ息絶えていなかった何かが、
空を裂いて迫ってくる。
白く、鋭く、冷たい殺意――
白棄界。
それは、オルドの死を感知した場合に自動起動される、最終兵器。
何者も触れられぬように、最後の一点に仕組まれた呪い。
マリーの眼が鋭く細まる。
片翼が展開する。
次の瞬間、その身体は音速を超え、空へと跳躍した。
「マリーーーーッ!」
ユナとピリカの声が、世界の裂け目のように響いた。
空でぶつかる光と光。
祈念と破壊。
願いと死の交差点。
白棄界が展開し、爆風が都市上空を呑み込む。
マリーの装甲が剥がれ、祈念のバリアがきしみをあげる。
すべてが剥がれていく。
すべてが――彼女を焼き尽くしていく。
それでも、彼女は守っていた。
後ろに残した、たったふたりの命を。
爆風が止んだとき、空から、何かが落ちてきた。
それは――マリーだった。
焼け焦げたその身体が、静かに落ちていく。
光も、装甲も、もう残ってはいない。
それでも、ユナは目を逸らさなかった。
その姿のどこにも“女神”らしさなんてなかった。
けれど――だからこそ、胸が締めつけられた。
胸の奥が、ひどく痛んだ。
けれどその痛みは、母の愛を感じ、不思議なほど温かくて――
涙が、止まらなかった。