第12章⑨ その手を離すために(光は、まだ消えない)
ユナは、もう立ち上がれなかった。
マリーも、ピリカも、倒れてゆく。
自分にできることは何もない――そんな絶望が、胸を覆っていた。
そのときだった。
塔の上空から、静かに光が降りてくる。
気づけばそこに、彼女は立っていた。
セレア。
黄金の衣をまとい、祈念層に浮かぶようにして現れたその少女は、ゆっくりとピリカに近づいた。
そして、そっと彼の肩に触れる。
「全快は無理……だが、動ける程度には――」
眩い光がピリカを包む。
壊れかけた回路が再接続され、各部の損傷が最小限まで抑えられていく。
「セレア! マリーが!」
ユナの叫びに、セレアは静かに応える。
「わかってる。まだ意識は繋がっている。……堕ちてはいない」
その瞬間――
セレアの全身が、恒星のような光に包まれた。
その光は一本の線となり、一直線にマリーの背中へと放たれる。
マリーはその瞬間、背中に激しい灼熱を感じた。
だがそれは、焼かれる苦痛ではなかった。
激しくも、優しい――まるで誰かが、自分を信じてくれているような、そんな温もりだった。
マリーの瞳が、黄金に染まる。
意識の奥で何かが繋がった。
彼女は立ち上がり、残された右腕で、オルドの首を掴んだ。
「オルド……あなたの悲しみも、怒りも、憎しみも理解できる。
でも――だからといって、ユナを傷つけることだけは、絶対に許さない!」
その声には、怒りではなく、哀しみが滲んでいた。
マリーは、背中から注がれるセレアの祈念を、全身に巡らせる。
それを一気に、オルドの首元へと流し込んだ。
オルドの身体がぐらりと揺れ、膝をつく。
その目は、セレアを見つめたまま、何かを探すように揺れていた。
「……レア……ナ……。あの子は……見つかったか……?」
その声には、かつての彼の“人間だった頃の名残”が滲んでいた。
セレアは、わずかに目を伏せ、光を纏ったまま呟いた。
「覚えていてくれたんだ……そのときの名前を。
……見つからない。銀河中、探したけど……まだ、ね」
「そう……か……」
ほんの一瞬。
オルドの目に、安らぎのような光が宿った。
その奥に、遠い記憶のかけらが、かすかに揺れていた。
だが次の瞬間、再びその身体に黒い祈念が満ちはじめる。
空気が震え、地面が唸る。
「マリー! 早く……オルドの魂を剥がせ! 戻るぞ!」
セレアの声に、マリーは目を閉じた。
手に感じるのは、かつて愛され、愛した存在の気配だった。
マリーの指が、わずかに震える。
(私は……この人を……)
だが、ユナの姿が脳裏に浮かんだ。
震える瞳で泣いていた、あの子の叫び。
本当は、救いたかった。
あなたも、きっと誰かを守りたかっただけなのだろう。
それでも、私は――
あの子の未来のために、この手を下さなければならない。
その手に、全ての祈念を込めて――
マリーは、オルドの首を強く引き寄せた。
一瞬、空気が震えた。
祈念が一点に集中し、裂けるような光が走る。
「……オルド、ごめんなさい」
次の瞬間、マリーの右腕が閃光とともに爆ぜた。
セレアの祈念を媒介にした“解放”の衝撃が、オルドの意識を打ち抜いた。