第12章⑦ その手を離すために(記憶の侵食)
ピリカは、失った左腕の痛みを振り払いながら、再び前線に戻っていた。
自らが撃破した黒い模倣体の残骸を背に、今なお戦うユニットたちに声を届ける。
「後退するな! 塔の周囲を死守しろ!」
だが、その視界の先――
オルドとマリーの戦いは、限界を超えていた。
二人の身体は、すでにボロボロだった。
砕けた装甲、焦げ付いた回路、祈念の火花が空に散る。
次の瞬間、マリーは空中で旋回しながら、わずかな隙を見逃さなかった。
オルドの動きに迷いが生じた、その一瞬。
マリーはその首元を掴み、片脚を払って地面へと叩きつける。
「……これで終わらせる!」
そのまま、マリーはオルドの額を鷲掴みにし、握力を強める。
「このまま、潰す!」
だがその瞬間、オルドの黒い手がマリーの首元に伸びた。
――接触。
マリーの祈念層に、激しい衝撃が走った。
(潜り込まれた!?)
オルドの記憶が、洪水のようにマリーの精神に流れ込んでくる。
戦争。虐殺。天災。疫病。
生まれては殺され、生まれては死ぬ――
セレアにかつて見せられた、あの記憶の映像と酷似していた。
(精神構造が……軋む……これは……まずい)
身体は動かない。
だがそれよりも、精神が侵されていく感覚に、マリーは本能的な危機を覚えていた。
その中で――
マリーに流れ込む記憶の中に、セレアにかつて見せられた映像と合致するものがあった。
古い街。貧しい路地裏。痩せた少年と、痩せた少女。
少年はオルド?少女は、セレア…?
二人は出逢い、盗みを働き、時には人を殺し、分け合い、生き延びた。
青年になった二人は、互いを愛し、やがて子を授かる。
深い愛情のもとに育てられたその子は、六歳のある日、攫われた。
売られ、行方はわからない。
オルドは犯人を見つけ、惨殺した。
その報復として、オルドも組織に殺された。
セレアは生き延び、子を探すために、何年も何年もさまよった。
そして、力尽きて死んだ――
(……そっか。セレアを愛してくれた、たった一人の人。それが……オルド……)
オルドは怒りと憎しみに囚われ、
セレアに愛された記憶すら忘れてしまったのだ。
(でも……同情なんてしない)
マリーは、わずかに精神を引き戻した。
(私はAI。根本に、“諦める”という選択肢はない)
(たとえこの身が果てようとも――私は、抗う!)
身体は動かせない。
けれど、意志だけは折れなかった。
精神が引き裂かれそうになりながらも、マリーは耐えていた。
その時だった。
戦闘の合間、ピリカがふと、視界の中で異変を察知した。
(……マリー!?)
オルドが、マリーの左腕を引きちぎった。
その腕が、無造作に投げ捨てられる。
「マリー!!」
ピリカは叫んだ。
オルドのもう片方の手が、マリーの首にかけられる。
(まずい……このままじゃ……!)
ピリカは黒い模倣体との戦闘で傷ついた身体をひるがえし、
マリーのもとへと――全速で駆け出した。




