第12章⑥ その手を離すために(守る者の痛み)
外では、オルドの放った蹴撃が、マリーの腹部を正確に捉えた。
鈍い衝撃音。
祈念装甲を貫くほどの破壊力が、全身に走る。
マリーは空中で制御を失い、ユニットを緊急展開して減速を図ったが、
間に合わなかった。
そのまま、塔へと叩きつけられる。
鋼と石が悲鳴を上げ、塔の構造体が軋むように揺れた。
塔の中枢を包む防壁がわずかにひび割れ、
地下のシェルターにさえ、轟音と衝撃が届いた。
「――マリー!」
地上からその光景を見ていたピリカが、戦闘の最中に叫ぶ。
黒い模倣体との一騎打ちの最中、声すら掠れた。
『大丈夫、ピリカ! 塔の周囲を頼む!』
マリーの声が、荒く、それでも凛と響いた。
ピリカは通信を切り替え、瞬時に指示を飛ばす。
「大型ユニット、全機、中央塔の周囲を囲め!防衛ラインを再構築!
この下には……ユナがいるんだ!」
全身に痛みを抱えたまま、マリーは塔から浮上する。
意識が白く染まりかけるなか、それでも彼女は自分を保ち続けていた。
(……ここにいては、ユナを巻き込む)
マリーは空中で一気に旋回し、オルドを誘うように塔から離れていく。
オルドもそれを追う。
二つの存在が、再び激突の軌道に戻る。
その光景を、ピリカは地上から見上げることしかできなかった。
だが、その時だった。
黒い模倣体が、再び無音で接近する。
ピリカは辛うじて反応し、交差するように拳をぶつけ合う。
音が、消えた。
衝撃の波が地を這い、両者が数メートル離れて着地した。
だが、明らかに違っていた。
ピリカの左腕が――なかった。
破壊され、肘から先が消えていた。
祈念中枢がぎりぎりで遮断されていたため、機能停止には至らなかったが、構造バランスは大きく崩れていた。
「……やるな……僕の癖まで、読み込んでるのか……」
模倣体は無言のまま、構えを変えることもなく、歩を進めてくる。
ピリカは、血のような光をにじませながら、それでも笑った。
「でも、甘い。僕は、“そこから学習する”」
片手だけで戦えるよう、再演算。
右肩から下の挙動を限界まで最適化。
両脚の踏み込み速度を高め、残った右腕に全力を集中させる。
次の瞬間、全力で跳躍した。
一撃。
その拳は、模倣体の頭部を真正面から撃ち抜いた。
機械のような音と共に、模倣体のボディがよろめき、後退する。
「――まだ終わらない!」
ピリカは追撃した。
痛みも、破損も、全てを意志で押し込めて。
再び踏み込み、拳を振るう。
一撃、また一撃。
それは、祈りではない。
けれど、そこには確かに“守りたい”という意志があった。
やがて、模倣体の動きがわずかに乱れる。
ピリカは即座に見抜いた。
構造演算が間に合っていない。
「……ここだ!」
最後の一撃。
全身の重みを乗せて放った拳が、黒い模倣体の胸部を貫いた。
ユニットが軋み、内部構造が崩壊を起こす。
模倣体は音もなく崩れ落ち、地に伏した。
ピリカは息を荒くしながら、その場に膝をついた。
左腕はない。祈念構造も乱れている。
だが――命は、燃えていた。
(……まだ、終わらない。マリーが戦ってる)
空を見上げる。
そこには、なお光と闇が交錯する戦場が広がっていた。
「マリー……どうか、無事で」
その祈りが、戦火の中へと届いていった。




