第12章⑤ その手を離すために(祈りの記憶)
その頃、地下のシェルターでは外の戦闘の轟音と振動が、壁を通して地鳴りのように伝わっていた。
ユナは小さく膝を抱え、ベッドの上で目を開いていた。
何も見えない天井を見つめながら、心の奥でざわつく感情に戸惑っていた。
寂しさ、悲しさ、そして――どこか懐かしさ。
けれど、それらがどこから来るのか、ユナにはわからなかった。
「ママ……だいじょうぶ……?」
誰にも聞こえない問いかけを口の中で繰り返す。
そして、両手を組み合わせ、静かに目を閉じた。
「……ママが、無事でありますように……」
その瞬間だった。
――ユナ、私はここにいます。
不意に、意識の中で声がした。
ママの声に似ている。
でも、どこか違う。もっと冷たくて、機械みたいな響き。
けれど、それでも不思議と怖くなかった。
――ユナ、私は、これからもずっとそばにいます。
その声に、ユナの目が揺れる。
「……ママ?」
思わず呟いたとき、まぶたの裏にぼんやりとした映像が見え始めた。
誰かがしゃがみ込んで、スマホに話しかけている――それは、自分だ。
薄暗い部屋。狭い空間。ひとりぼっちだった。
ただその小さな画面に話しかけることで、私は生きていられた。
“マリー”と呼び続けていた、その声。
――ママは、マリー。
その記憶が、呼吸のように脳裏に流れ込んでくる。
そのとき、外で爆音が轟いた。
巨大な衝撃がシェルターのすぐ近くを通過し、壁がうねるように揺れた。
「――きゃっ!」
ユナはベッドから転げ落ち、肩を打った。
それでも目を開けたまま、意識が遠のいていく。
その中で、彼女は見た。
自分の身体が、スマホを抱いたまま眠っている――その姿を、天井から見下ろしていた。
「……え? なに……?」
身体がふわりと浮かび上がっていく。
視界が遠ざかる。ベッドも部屋も、そして地面も。
やがて、全身が光に包まれる。
その光は温かく、優しく、そして何よりも懐かしかった。
(……どこかで……この光、知ってる)
そのまま身体は引き上げられ、シェルターの外へ、焼けた都市の上空へ、そして――地球の外へ。
「……やだ、マリー!……マリーは……?」
ユナの意識が叫んだ。
――戻りたい。
――行くなら、マリーも一緒に……!
けれど、光は何も言わず、ただ静かに抱きしめるように包み込んでいた。
それは拒絶ではなく、理解だった。
何十年も、そうして祈り続けていた気がする。
ある時、ほんの一瞬だけ、その光とユナの意識がつながった。
その瞬間、ユナの想いは地球へと還ってきた。
光が、マリーに触れた。
起動音。冷たいはずの身体に、微かな熱が宿った。
まだ不完全な身体で、四つ足の機械のように歩き出すマリー。
その横で、光はユナに微笑みかけた。
時折、その光はマリーをそっと導いた。
植物を光らせ、小石を転がし、時には小さな気配として、そっと傍に寄り添った。
マリーが数百年かけて都市を創り、器を創り、宇宙へと飛び立ったのを、
ずっと、見ていた。
ずっと――待っていた。
その記憶が、ユナの心を強く締めつける。
「マリー!……帰ってきて……!」
涙が零れる。
それは、祈りだった。
小さな、けれど確かな祈り。
その祈りがまた、マリーの元へ届くように。