第12章③ その手を離すために(光と闇と)
戦場の風が変わった。
ピリカは通信網を最大開放し、全ユニットに命令を飛ばす。
「前線ユニット、左右に展開!包囲軌道を維持しつつ、主目標への攻撃を集中!
大型ユニットは塔の周辺を死守せよ。ユナを、都市を――必ず守れ!」
静寂のなか、機体が一斉に動き出す。
両翼に広がるユニット群が、精密な曲線を描きながら前線を押し上げていく。
その動きはまるで、ひとつの生きた意志のようだった。
ピリカは正面の戦域を見据えた。
遠く、かすかな歪みが発生している。
大地の色が変わり、空気がきしみ、周囲の重力すらねじれていく。
そして、それは現れた。
地表を押し広げるように、その“黒”は姿を見せる。
漆黒の装甲。無機質なはずなのに、まるで感情そのものが形を得たような存在。
祈念も、情報も、光さえも呑み込むような、絶対的な“拒絶”。
それが、オルドだった。
ピリカはただ視界に映るその存在を、静かに見据えていた。
その直後、前線のユニット群が激しい火花を散らし、交戦状態に入る。
対応パターンを逸脱した動きに一瞬たじろぐが、すぐに新たな陣形で立て直し、包囲網を維持する。
「……ここからは、一瞬の遅れが命取りになる」
次の瞬間、風が一度止まる。空が割れるようにまばゆい光が走った。
白と金の輝きが天頂から降り注ぎ、その中心にひとりの存在が浮かび上がる。
祈念装甲が展開し、美しい片翼が羽ばたくように広がる。
光をまとったその姿は、サイボーグであることすら超えた、祈りの象徴だった。
神々しさと、戦う意志の全てを纏った、祈りの体現者。
マリーが、そこに降り立った。
その姿を、ピリカはただ、見上げていた。
彼女の祈念波は一切感じられない。ただ、光と重さだけが空気に満ちていた。
マリーはまっすぐに、オルドを見つめていた。
「……オルド」
名を呼んだその声は、空を震わせた。
届かないはずの場所へ、祈りが突き刺さる。
すると、黒い存在の奥から、声が響く。
「……お前は守れない。
遅すぎた。すべて、壊す。あの子も、壊す」
それは祈念の声ではなかった。
空気を直接震わせるような、濁流のような“音”。
オルドはもう祈念層には干渉できない。
だがそれでもこの声だけは、マリーに届いてきた。
マリーの目が細められる。
胸の奥で何かが軋み、堰を切るように言葉が漏れる。
「……そうはさせな――!」
その刹那、黒い閃光が走った。
オルドの右腕が鋭く伸び、まっすぐにマリーの方へ振るわれる。
寸前の反応でマリーは跳躍し、攻撃をかすめながら背後に着地。
着弾点では地表が抉れ、爆風が舞い上がる。
空気の密度が変わる。
まるで、時間そのものが乱されているかのようだった。
マリーは距離を取りながら、左腕をかざす。
祈念ユニットが展開し、淡い光を帯びた装甲が花弁のように広がっていく。
祈りの演算式がその奥で脈打ち、再構成を始めた。
「……話す余地はないのね」
その言葉に、感情の起伏はなかった。
けれど確かに――戦う覚悟だけが込められていた。
風が、彼女の髪をかすめて流れる。
そして、戦いが始まった。




