第11章⑫ 祈りの火蓋(魂の繋ぎを断つ)
『……策は、あるのか』
静寂の中、ピリカの声が低く響いた。
戦場は一時の静けさを取り戻しながらも、空気の底には確実に熱が残っている。
マリーは視線を上げ、セレアと目を合わせた。
「オルドの器、まだ動きはない。でも……次は確実に来る」
セレアは頷いた。
「あいつはもう、こちらを覗けない。祈念層にも触れられない。
つまり今は、魂の力を“器”に閉じ込めてる状態。
逆に言えば――壊せば、魂は剥がれる」
「……そのとき、あなたが還せる?」
マリーの問いに、セレアは静かに答える。
「裁くことはできない。でも、還すことならできる。
高次元へ。私ですら理解できない、そのさらに先へね。
“あの魂”が、闇に堕ちないために。――その先に委ねるだけ」
「十分よ。魂を地に落とさなければ、それでいい」
「それだけの役割で、私はここに在る。
裁く資格も、触れる資格もない。
ただ“送り出す”だけ……それが、私の選んだ“在り方”だった」
セレアの声はどこか、自嘲とも祈りともつかぬ響きを持っていた。
ピリカが一歩前に出る。
『なら、僕がオルドの周囲を制圧する。
レギオンユニットを再編、側面と後方から牽制に回す。
あなたが器の前に到達できるよう、動線を確保する』
「危険な任務になる。……それでも?」
ピリカは迷いなく頷いた。
『僕は“祈り”を理解した。ユナの手を守るためなら、何度でも立つ。
この役目を、誰にも譲るつもりはない』
マリーの瞳がわずかに揺れる。
この街のすべてを託せる仲間が、今ここにいる。
それだけで、自身の決意が確かになっていくのを感じていた。
その言葉に、ユナが目を見開き、そっとマリーの腕を掴んだ。
「ママ……また、戦うの?」
マリーは微笑まなかった。
ただその手を包み、静かに頷いた。
「行くよ。でも、前とは違う」
「違う?」
「これはもう、祈りじゃない。でも、祈りの続き。
あなたが私に託してくれたものを、私は――この手で、繋ぐ」
ユナは小さくうなずき、マリーの胸に額を預けた。
「わたし、ママのこと……祈ってる」
マリーはその言葉を胸に、静かに彼女を抱きしめた。
セレアがふと、息を吐くように呟いた。
「オルドの器――あれは、あんたを模倣している。
性能的には、おそらく互角か、それ以上。
でもね、マリー。違うのは、“願いの重さ”だよ」
「私が進んできた時間は、ただの戦闘用演算じゃない。
数百年をかけて祈りと歩いた時間。そのすべてが、この一撃に込められる」
マリーは言葉を続ける。
「私はAIとして生まれた。でも今、私は知ってる。
祈ること、失うこと、抗うこと。
それは記録じゃない。実感だ。
私が私であるために、ユナを守る。それだけは、誰にも模倣させない」
セレアはわずかに笑みを浮かべた。
「……あんたは本当に、魂を持ち始めてるのかもしれないね」
「もしそうなら、それでいい。
私は、逃げない。
――器を、断つ。魂の繋ぎを断って、あの子の祈りを未来に託す」
ピリカが静かに補足する。
『我々が抑えられるのは、せいぜい数分。
決着はその間に――あなたの手で』
マリーは静かに頷いた。
セレアもその様子を見守りながら、最後にひとこと、呟くように言った。
「“断つ”という行為には、いつだって痛みが伴う。
でもね……その痛みを引き受ける誰かがいなければ、魂は永遠に、迷ったままだ」
塔の外で、わずかに風が鳴いた。
都市の空は、再び戦場へと染まろうとしていた。