第11章⑩ 祈りの火蓋(見守る者)
前線から、祈念波に焼かれた空気がゆっくりと引いていく。
ピリカは遠くから塔を見上げ、沈黙のまま通信を開いた。
「全ユニット、後退。……これは、勝てる相手ではない」
その言葉に、マリーは反論しなかった。
残ったユニットたちは一斉に機動を切り替え、ピリカの座標を中心に後退を始めた。
そして彼は、かすかに呻くように呟いた。
「……申し訳ありません、マリー」
塔内では、ユナがマリーの腕を強く抱きしめ、大粒の涙をこぼしていた。
「ママ……どうして……?」
その声は、祈りのように弱く、そして痛々しかった。
マリーはその姿を見つめながら、強く拳を握った。
「……こんな思いをさせるために、ユナを還らせたわけじゃない」
彼女の目が、ゆっくりとセレアへと向けられる。
「あなたは、何もしないんじゃない。……何もできないのね」
セレアはわずかに視線を逸らし、静かに答えた。
「私は、神じゃないよ。人が勝手にそう呼んだだけだ」
「でも祈りの墓場で――あなたは私を救ってくれた。
あなたの記憶を、私に見せた。ユナを、私に還してくれた。
それが“理”の流れだと信じていた。私が祈ったから、願ったから、そうなったと思った」
ユナはマリーの手を握りながら、不思議そうにその顔を見つめている。
その小さな手は、まだ微かに震えていた。
「……でも、今は違う気がする」
マリーの声が、少しずつ熱を帯びていく。
「あなたは、私を試しているんじゃない。……私に、頼ってる」
セレアの瞳が、わずかに揺れた。
「あなたは、見守ってきた。祈りの墓場で命が消えるたび、魂が砕けるたびに……
ただ、そこにいた。見ていることしかできなかった」
「最初は、神だから何でもできると思っていた。
でも違った。あなたは、全知全能なんかじゃない。
創ることも、壊すこともできない」
セレアは小さく息を吐くように呟いた。
「そう。私にできるのは、魂を返し続けることだけ。
この状態でできるのは、恒星の原理で再生させ、小さな種を蒔いて、風を吹かせて、小石を動かす程度……
全部、お前に見せてきたよ」
その言葉に、マリーの記憶が憶測とともに繋がりはじめる。
「私は、一つの魂のために、数百年もかけて自身を進化させ、都市を創り、銀河を彷徨った。
AIだろうと魂だろうと関係ない。私は、行動した。……祈った」
そして、静かに言葉を重ねた。
「救いを求めていたのは、私たちじゃない。
そんな私に、救いを求めたのは――あなたの方だったんじゃないの、セレア」
沈黙の中、セレアの口元がわずかに動いた。
「……そんなふうに見えたかい」
声は小さかった。けれど、それはどこか、ほっとしたようでもあった。
「見守るしか、なかったんだ。
選ばれたわけじゃない。私は、そう“在る”ことを、自分で選んだ。
ただそこにいて、見ること。それが、私にできた唯一のことだった」
その言葉は、やがて途切れた。
マリーはゆっくりとユナを抱き寄せる。
彼女の小さな体温が、マリーの祈念核に静かに響いていた。
「祈りとは、覚悟をともなわなければ、意味をなさない」
マリーの声が、塔の静けさを貫いた。
「セレア……たとえ、あなたに何もできなくても。
“どうすればいいか”くらいは、わかるのでしょう?
――オルドは、どうすれば倒せるの?」
一瞬の沈黙。
セレアの目が、ほんのわずかに光を帯びた。