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銀河に還る祈り  作者: ユノ・サカリス × AI レア
第2部 祈りと均衡の星で
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第11章④ 祈りの火蓋(沈黙の余波)

祈念ネットワークは、沈黙していた。

白棄界が広がったその領域は、まるで世界から“切り落とされた”かのように、すべての祈りが波形ごと消えていた。


それは“死”の静けさではなかった。

もっと深い、“存在そのものが否定された場所”の名残だった。


マリーは塔の中枢で、ただ静かに立っていた。


手は震えていた。

祈念演算は沈静化しているのに、肉体の中の何かがまだ警鐘を鳴らし続けていた。


「すべて、消えた……」


ディスプレイには何も映っていない。

暴走ユニットも、祈念波も、敵の残滓も、ただ白い空間のようなノイズだけが広がっていた。


撃ったのは、自分だ。


祈りでは届かないと知っていた。

だから、“拒絶”という手段を使った。


(でもこれは、祈りじゃない)


ふと、塔の中枢に漂う祈念の微粒子が、わずかに乱れていた。

白棄界が拡がった一帯では、祈念信号の再構成が正常に行えない。

マリーは視線を落とし、手のひらを見つめる。


この手は、“守る”ために在ったはずだった。

けれど今、指先が触れたのは、祈りではなく――“無”。


背後で小さく、扉が開く音がした。


マリーが振り返ると、そこにユナがいた。


少女は何も言わずに、ただ近づいてきた。

震える手で、マリーの腕をそっと掴む。


「こわかった……でも、ママがいて、よかった」


その言葉に、マリーは答えられなかった。


ユナは知らない。この力が、何を“奪った”のかを。

この手で命を拒み、祈念さえも消してしまった事実を。


「私は……ごめんね」


ぽつりと漏れた言葉に、ユナは首をかしげる。


「どうして?守ってくれたのに」


「守るってことは、きれいなことばかりじゃないの。

 誰かを守るために……私は、何かを壊した」


ユナは、それを理解できていないようだった。

けれど、それでもマリーの腕を強く握った。


「わたし、だいじょうぶ。だから、ママもだいじょうぶ」


――その無垢な言葉が、マリーには重すぎた。

あまりにも、優しすぎる“救い”だった。


マリーはそっと目を伏せる。


ほんの一瞬だけでも、祈りに似た光を信じたくなった。

でもその光の下には、白く塗り潰された断片たちが、確かに眠っている。


ユナがふと、マリーの腕をつかんだまま小さな声で尋ねた。


「ねえ、これで、もうこない?」


マリーは答えられなかった。

代わりに、そっと彼女の頭に手を置いた。


「来ないといいね。でも……わたしには、まだそうは思えない」


マリーは、塔の壁越しに“空の静けさ”を見つめていた。

戦闘は終わった。敵の反応はない。

けれど、マリーは感じていた。


これは終わりではない。

敵は、まだ“様子を見ていただけ”――

この一撃すら、試されていたのかもしれない。


静寂は、次の嵐の兆し。


マリーの指が、再び端末に触れた。


「ピリカの状態を確認して。祈念波形の安定確認と、再起動シーケンスの準備を」


『了解』


機械音声が返る。


彼がいなければ、次も耐えきれないかもしれない。


そしてマリーは、最後にひとつ思った。


――私は、“白”の中で選んでしまった。

祈りを、拒絶へと変えることを。

そしてその選択は、いまもこの手を――静かに震わせている。

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