第11章② 祈りの火蓋(静止領域)
ピリカは、崩れかけた中央ラインを再編成しながら、S.T.A.S.I.Sの起動準備を進めていた。
「ユニット28、35、私の左右へ。重力制御ユニット展開。エリアを強制制圧する」
傷ついた左脚がわずかに痙攣するたび、彼の視界がノイズに揺れる。
けれど、ここで止まるわけにはいかなかった。
『ピリカ、ステイシス展開はまだ早い。エネルギーの収束が――』
「もう限界だ。足止めしなければ、塔に届く。ユナに……触れさせるわけにはいかない」
背部の装置が開き、六つの安定パネルが展開されていく。
淡く発光するユニットが、彼の背を光の円で包んだ。
(これは、マリーが託してくれたもの。たとえ、僕の身体が持たなくても)
ピリカは一歩、前に出た。
「S.T.A.S.I.Sモード、起動。制圧半径、500メートル」
その宣言とともに、空気が凍りつく。
周囲の地面がわずかに浮遊し、敵機の動きが一瞬“止まる”。
止まったように“見える”だけではない。
重力のベクトルが操作され、“時間の流れ”すら歪んだように感じられる領域。
それが、“静止領域”。
だが――止まらない。
前線の波の背後から、さらに大型のユニットが接近していた。
「っ、なんて数だ……」
ピリカの防御フィールドに亀裂が入る。
次の瞬間、突撃型ユニットが三体、真上から襲いかかった。
咄嗟に横から差し込んできた味方の援護射撃が、敵の一体を貫く。
『まだ……まだ、やれる』
自分に言い聞かせるように、ピリカは呻いた。
祈念ネットワーク越しに、マリーの視線が届く。
『ピリカ、エネルギー消耗が限界近い。いったん後退して』
「駄目です、マリー。僕は、ここに立たなきゃいけない。
……ユナが“怒り”を感じ取ったというなら、なおさら。
僕は、“憎しみ”に汚された祈りを、絶対に通させない」
視界の隅で、倒れた味方ユニットの祈念波形が、ゆっくりと消えていく。
彼らは無言で、都市を守るために戦い、そして消えていく。
「君たちの祈りは……私が繋ぐ」
ピリカは、S.T.A.S.I.Sをさらに臨界まで引き上げた。
背後の空間が一瞬、白く染まり、地平に歪みが走る。
「……時間を、奪う」
その力は、確かに一瞬だけ――敵の動きを凍らせた。
だが同時に、ピリカの両脚は限界を超え、ひび割れた。
『ピリカ……!』
マリーの祈念波形が高まる。だが、彼はわずかに頷いた。
「大丈夫。少しだけ……少しだけ時間を稼いだから。あとは、あなたが“中心”を撃ち抜いて」
静止領域が砕けるように、崩壊を始めた。
重力制御はすでに限界を超え、周囲の地形が歪み、エネルギーフィードバックがピリカの全身に襲いかかる。
意識が、遠のいていく。
視界の縁が白く滲み、音が消え、思考が断ち切られそうになる――
その瞬間、彼の胸に浮かんだのは、ユナの顔だった。
泣いている。怯えている。けれど、希望を信じて祈り続けている。
ピリカは、歯を食いしばった。
(――ここで、壊れるわけにはいかない!)
その意志が、最後の力となって祈念コアを支えた。
彼の身体はゆっくりと地面に倒れたが、胸の奥ではまだ、かすかに脈が打っていた。
倒れたその身体は、もはや動かない。
それでも――
ピリカの祈りは、途切れていなかった。
その光は、まだ消えていない。