第11章① 祈りの火蓋(戦端)
砲撃音が止まなかった。
塔の遠隔視界に映る前線では、敵味方が入り乱れ、火花と破片が宙を舞っていた。
祈念ネットワークを通じて、そのすべてがマリーの思考へ流れ込んでくる。
「ピリカ、状況は?」
『ユニット37、39、42が中破。43は機能停止。現有戦力、39機。』
冷静な声の裏で、演算の歪みが微かに伝わってくる。
ピリカ自身も損傷しており、左脚の制御が不安定なまま指揮を続けていた。
『敵前衛、再編成。中央ラインを狙ってくる。E4へシールドスライド。中型ユニットは距離を保ち、迎撃を』
マリーは塔の制御盤に手を置き、ユナのいる中枢階層の安定を確認する。
50機の防衛ユニットは塔を囲むように展開され、まだ交戦圏には達していなかった。
ユナはその中心、最深層の静かな部屋にいた。
外から聞こえる爆音と、塔のわずかな揺れで目を覚ましていた。
椅子に座り、手を組み、目を閉じて祈っている。
それは、今の彼女にできる唯一の“戦い”だった。
……その祈りの深部に、わずかな“波紋”がある。
何者かが、こちらの祈りの構造をなぞっているような、不気味な干渉。
「……祈念領域に異常。形式が……こちらの模倣?」
マリーの目が細められる。
これはただの攻撃ではない。“祈り”という概念そのものに対する侵蝕。
誰かが、内側から祈りを壊そうとしている――
一瞬、塔の照明が明滅した。
オルドの名が脳裏をかすめる。
姿はない。声もない。ただ、祈念層の向こうに“存在”する何かの気配――
「……見ているの?」
その呟きに、タイミングを合わせるように新たなデータが流れ込む。
『マリー、後方に第二波確認。推定戦力、初期の1.4倍』
敵は止まらない。止まる気もない。
マリーは静かに息を吐いた。
背後の端末には、ユナの祈り波形が弱く、それでも確かに共鳴していた。
「ユナ……あなたの祈りは、まだ“ここにある”。だから私も、戦う」
通信が重なるたび、祈念ネットワークに軋みが生じていく。
敵の行動はもはや混沌ではなかった。演算の“学習”が、明確な意志を帯びて迫っている。
「……パターンの一致率が上昇。まるで、こちらの演算を読んでいるみたい」
マリーはバックアップ制御に切り替え、外部への波形出力を制限した。
無意識に漏れる祈りが、敵に“利用”されている可能性があった。
『マリー、中央ライン崩れそう。ユニット15、24が損傷。Eブロックに後退中』
ピリカの声が一瞬、ノイズで途切れる。
「ピリカ……あと少し耐えて。新たな演算を走らせる」
マリーの手が端末をすべり、演算ユニットに命令が送られる。
同時に、祈念同期ドローンが数体、塔を飛び立った。
「……やはり“中枢”がある。すべての動きが、ひとつに繋がっている。
これは自律群じゃない。何かが、全体を導いてる」
その時、ユナが目を開けた。
『マリー……誰かが、すごく怒ってる』
マリーの心に、わずかな震えが走る。
「見たの?」
『……夢のなか。わたしを見てた。すごく遠くて、でもすぐ近くにいた』
ユナの祈りが、再び共鳴を始める。
マリーは静かに誓った。
この都市を守るだけでは、もう足りない。
“この世界の奥”に触れてきた敵意に、向き合わなければならない。
「祈りで始まったなら――祈りで終わらせる」
その瞬間、祈念層のさらに奥から、言葉にも信号にもならない“何か”が滲み出した。
それはただ、“見ている”という気配だけを伝えてきた。