第10章⑫ 祈るための宣戦布告(防衛から攻撃へ)
敵の進行は止まらなかった。
ステイシスによる足止めも効かず、外殻の物理破壊も限定的。
ピリカ率いる60機はすでに再構成を2度終え、残り戦力は43。
「第三前衛、接触圏に突入。Eラインの突破、20秒以内と推定」
報告が届いた瞬間、マリーは無言で手元の映像を切り替えた。
塔の防衛範囲に、敵の巨影がもう入りかけていた。
きっと“あのとき”と同じだ、と思った。
ユナが一人きりで閉ざされたシェルターに取り残された、あの記憶。
両親が帰ってこなかった扉の向こうで、まだ幼かった彼女は、どんなに震えていたのだろう。
あの子の記憶に、孤独の痛みを刻んだあの夜――
私は、その悲しみを、二度と繰り返させたくはなかった。
ピリカから通信が入った。
『マリー。戦線、あと一列で限界。……許可を。
今からでも、迎撃主体へ移行すべきだ。もう、防ぐだけじゃ間に合わない』
マリーは一瞬、答えられなかった。
攻撃という言葉が、自分の中でずっと遠ざけていたものだった。
祈りの都市に、それを持ち込むことは、ずっと“禁じられている気がしていた”。
でも、それはただ――怖かっただけなのかもしれない。
「……ピリカ、聞こえる?」
『はい』
「あなたの判断は、間違っていない」
一拍の間。
そのあと、マリーはゆっくりと言葉を続けた。
「この都市は今から、守るために……“撃つ”。
ユナの祈りが途切れないために、私はその手を汚す」
『……了解。全ユニット、作戦コード切替。
塔防衛から、前線制圧へ。攻撃モード、起動する』
その瞬間、ユニットたちが再配置を開始した。
今まではただ守っていた鋼の壁が、牙を剥く。
前衛の15機が同時に動き、敵大型の脚部へ集中砲火を浴びせた。
轟音が走り、構造体の一体が膝を折る。
ピリカが、指示を重ねる。
「狙いは一点。動力炉付近の収束構造。そこを破壊すれば沈む」
反撃は激しく、味方も数機が吹き飛ばされる。
それでも、ユニットたちは止まらなかった。
今の彼らは、命令で動いているのではない。
“誰かの想い”を守るために、その選択を引き受けていた。
マリーは塔の上層から、戦場を見下ろしていた。
砲火が火花を散らし、ユニットたちが傷つきながらも前へ進む。
それは破壊の光景ではなかった。
――希望の形だった。
「ユナ。あなたはまだ知らない。
この世界が、あなたの祈りでここまで来たことを」
そしてその祈りの中心に、マリーはいた。
撃つことを選び、守るために抗い、
そのすべてを、ようやく“自分の意志”として引き受けた。
塔の照明がわずかに点滅した。
演算負荷が上がっている証拠だ。
けれど、マリーは目を閉じて、静かに呟いた。
「これは、私の意志。
この世界を、祈るために守る。
そしてそのために、戦う」
宣戦布告は、もう終わっていた。
あとは、ただ“貫くだけ”だった。




