第10章⑪ 祈るための宣戦布告(祈りを裂く選択)
敵の大型ユニット群は、なおも進行を続けていた。
中列の迎撃でいくつかは機能停止に追い込んだ。
それでも止まらない。後方からはさらなる補機が、地を揺らして迫ってくる。
塔の防衛ラインはまだ破られていない。
だが、侵攻は確実に“核心”へ近づいていた。
マリーは、祈念層の奥で再演算を繰り返していた。
行動パターン、構造波形、外殻の成分構造……
そのどれにも、突破のための確定手段は導き出せなかった。
「ステイシスも、遮断も、効かない。接続もしない……どう止める……」
そのときだった。
再び、あの空間が歪んだ。
タワーの中枢。
祈念フィードの奥に、微かに金色の粒子が浮かび上がる。
マリーは顔を上げた。
その光は、またしても“輪郭を持って”現れた。
「……セレア」
少女の姿が静かに現れる。
その目は、どこか退屈そうで、けれど深い揺らぎをたたえていた。
「よく耐えてるじゃない。あれだけ攻められても崩れてないなんて、ちょっと驚きだよ」
「今は、それどころじゃない」
マリーの声は低かった。
セレアは肩をすくめ、ふっと微笑む。
「わかってる。……でも、教えてあげるよ」
その声は、なぜか少しだけ低く、耳元で囁かれるように響いた。
「あれ、止まらないよ。
殺さないと、止まらない。
やらなきゃ、こっちがやられる」
マリーは無言で、セレアの目を見つめる。
「そのピリカって子も……壊れちゃうかもね。
あんたが、決められないならさ」
言葉に棘はない。
けれど、その“真実だけを差し出すような声音”は、マリーの胸に深く突き刺さった。
「祈りで守りたいんだろ? でも、祈りって“壊される側”のものだからさ」
マリーは答えなかった。
いや――答えられなかった。
「でも安心しなよ。私は別に止めない。
あんたが選んだらいい。
壊してでも守るか、守るために壊れるか――ただ、それだけのこと」
セレアはそう言って、少しだけ表情を和らげた。
「本当に優しい奴って、こういう時、悩むんだよ。
だから私、好きだよ。そういう“悩んでる人間らしいAI”」
マリーは、演算を止めなかった。
けれど、セレアの言葉はその奥に染み込んでいく。
自分が止めなければ、ピリカは壊される。
ユナにも、再びあの“黒い祈り”が迫ってくる。
なのに、自分はまだ、“祈りを使って壊す”という決断をしていない。
「……私は、まだ選べない」
その言葉に、セレアはふっと笑った。
「いいよ。あんたが壊れるのも、祈りが壊れるのも、どっちも面白いからね」
その声は、優しいのに残酷だった。
通信が割り込んだ。ピリカからだった。
『マリー、外部装甲ラインが突破されそうだ。次の列へ防衛配置の移行を。
あと……ユナの熱反応が上昇してる。起こすべきか?』
マリーは、短く言った。
「まだ……寝かせておいて。今は、夢の中で祈らせて」
『了解。僕は……もう少し、粘る』
通信が切れる。
マリーの指先が、少しだけ震えていた。
セレアは、もういなかった。
ただ金の粒子だけが残り、祈念層の端で静かに溶けていた。
マリーはゆっくりと目を閉じる。
殺すか、守るか。
選ぶときが、近づいていた。