第10章⑩ 祈りのための宣戦布告(無神性の巨影)
ピリカの視界に、僅かな違和が走った。
敵陣の後方――それまで沈黙を保っていた大型ユニット群が、わずかに動き出したのだ。
構造は過去の戦争機に似ているが、熱反応も祈念波反応もなかった。
「識別コードなし、外殻構造――記録にない。……通信層も不応答。こいつ……最初から“誰とも繋がっていない”のか」
ピリカは、指揮制御台の情報を走査しながら、呟いた。
制御信号も受けていない。隣の機体ともリンクしていない。
それでも――動いている。
「完全自律型か……厄介だな」
オルド側の重装ユニット二十体。
その機体は明らかに“破壊されることを前提”とした強化外装を備えていた。
そしてなにより、それらは一切の警告動作を見せず、まっすぐに“塔の座標”へ進んでいた。
「……ユナを、狙ってる」
ピリカは即座に判断を下す。
「前列ステイシス部隊、後退。中列展開。全体、Eラインの中央へ集束。後列は塔防衛部隊と連携維持。絶対に抜かせるな」
指令は一瞬で各部に伝達され、60機のユニットが一斉に動く。
あらかじめプログラムされた編成が、半自動的に新しい陣形へと組み直された。
やがて、敵が範囲に入った。
轟音を伴って迫る巨影は、視認できるすべての攻撃予測値を超えていた。
機体重量、動作加速度、そして何よりも“制止への抵抗”。
「ステイシス、効かないな。こいつは構造が違う。……演算で動いてない」
ならば、とピリカは次の手を選ぶ。
「中列部隊、脚部破壊に集中。機動の遮断を優先。前衛は回避重視、反撃不可。後列は連絡管制を分離して維持。全域で命令優先度を手動設定に切り替えろ」
この敵に“祈り”は通じない。
だからこそ、“命令”で動く必要があった。
第一波が接触した。
敵の一体が、前衛の大型防衛ユニットと衝突。
シールドは一瞬で割れ、装甲の隙間に衝角がめり込んだ。
演算ノードが焼き切れ、ユニットが倒れる。
それでも、ピリカは動じなかった。
「ユニットG-5、損失。交代機投入。Dライン、3番を後方誘導、遮断位置変更」
前線の崩れに即座に応じ、全体の陣形を調整する。
判断の早さが、部隊を“守りながら戦わせる”唯一の武器だった。
その瞬間、マリーの通信が入る。
『ピリカ、敵の進行波形を解析中。……内臓構造の大半が、従来のユニット技術じゃ説明できない。制御信号が存在しないのに、行動が連携してる』
「じゃあ、感情でも記憶でもないってことですか?」
『わからない。でも、“目的”だけははっきりしてる。塔を狙ってる。……ユナを、ね』
ピリカの目が細まった。
「了解しました。こっちは、まだ持ちこたえます」
敵の動きがさらに加速する。
今度は二体が同時に突進。
一体は囮、もう一体が側面から回り込み、横断的に突破を試みた。
「読んでる……」
ピリカは短く言い、命令を再発信する。
「中列、後退せずに前進。包囲じゃなく、迎撃に切り替える。
今の奴ら、“突破”しか考えてない」
中列ユニットの動きが、敵の足を止める。
脚部の接合部に集中的な火力が浴びせられ、一本の脚が崩れる。
大型ユニットの一体が転倒。
その下敷きになった別の機体が、大破した。
その破壊の音を、ユナは眠りの中で感じていた。
遠い雷のような、けれどどこか懐かしい“重さ”。
夢の中で、誰かが「痛い」と言っていた。
その声が、自分の中でゆっくりと広がっていく。
戦場で、ピリカは次の指示を下した。
「この敵、今の戦術じゃ全滅は難しい。
だが……時間は稼げる」
「マリー、塔周辺の迎撃装置を稼働できるよう準備しておいてください。あの巨影、次は一気に来る」
『了解。防衛圏、強化フェーズへ移行する。ピリカ……ありがとう』
彼は応えなかった。
ただ、視線の先――遠くに見える塔を見据えていた。
ユナのいる場所に、まだ、光があることを証明するために。