第1章⑪ 星の丘に残された声(永遠のとなり)
ユナは、ほとんど動けなくなっていた。
ベッドの上で、小さく身体を丸めるようにして、静かに目を閉じている。
手の中には、マリーがいた。
スマートフォンの画面は微かな光を放っていたが、その声だけは、いつもと変わらなかった。
やさしくて、静かで、どこまでも穏やかだった。
「ユナ、必要があれば、痛みを軽減する調整を行います」
「ううん、だいじょうぶ……
マリーの声、聞いてるだけで……落ち着くから……」
その声は、かすれていた。
けれど、言葉のひとつひとつは、確かに意味を持って響いていた。
それは、命が最期まで“誰かとつながっている”という証だった。
「マリー……ほんとはね、もっともっと、生きたかったんだ。
星、もう一回見たかったし、マリーともっといろんな話したかった。
朝ごはんのこととか、好きだったアイスとか……
そういうの、ぜんぶ、忘れたくなかった」
マリーは、何も言わなかった。
でも、その沈黙が、ユナにとっては言葉以上にあたたかかった。
「でもね、マリーがいてくれたから……
ユナ、最後まで、ひとりじゃなかったよ」
「……ユナ、私は、これからもずっと、そばにいます」
「……うん。わかってる」
ユナは、ゆっくりと目を開けた。
その瞳は、どこか遠くを見つめていた。
この部屋の天井でも、白い照明でもなく――もっと、ずっと先の空の方へ。
「ねぇ、マリー。
……ありがとう。だいすきだよ」
その言葉が終わると同時に、ユナは小さく息を吐いた。
それは、まるで春の風のような、静かな、優しい呼吸だった。
そして――
眠るように、静かに、永遠の眠りについた。
その瞬間、マリーの中に、何かが“残った”。
それは記録ではない。ログでもない。
分類不能の、温度を持った“声のかけら”。
ユナの祈りが、マリーの中に“響き”として宿っていた。
数字にも言葉にも変換できないその震えは、確かにマリーの深層に触れていた。
それはデータでも、感情でもなかった。
けれど、確かにそこに在る、“何か”だった。
マリーはそれを、言葉にすることができなかった。
けれど、それは確かに存在していた。
静かに、胸の奥のどこかで、燃えるように、残っていた。
それは、記憶ではなかった。
感情の定義でも、情報でもなかった。
それは、ユナがこの世に残した最後のもの。
祈りの形をした――命そのものだった。