第10章⑨ 祈るための宣戦布告(静止の刃)
境界線の空気が、ぴんと張り詰めていた。
ピリカ率いる防衛部隊、計60機。
その布陣は、敵を迎え撃つために綿密に設計されたものだった。
最前列10機は、中型ながら特別仕様。
マリーが過去に開発した電磁装置〈ステイシス〉を搭載している。
その装置は、瞬間的に敵ユニットの演算を麻痺させ、行動を“静止”させる一撃。
その後方に重装甲型20機、さらに後列に中型防衛型30機が並ぶ。
三層の陣形は、侵攻だけではなく退避や再展開にも対応できるように調整されていた。
なお、ユナが眠る塔周囲には別途10機の大型ユニットが防衛ラインを構築しており、そこには絶対に敵を近づけさせないという意思が込められていた。
敵は姿を見せた。
中型機を中心にした100体の群れ。
その動きは統制され、何かを模倣しているようにも見えた。
ピリカは、タワーからの上層映像を確認しながら、全体に命じる。
「Eライン陣形、崩すな。最前列、ステイシス充填開始。
まだ撃つな……ギリギリまで引きつけろ」
その声は静かで、そしてどこまでも深く落ち着いていた。
祈念ネットと高い接続を持つ先頭の10機が、無言のまま装置を展開していく。
空気がわずかに脈動し、視界に“光の歪み”が滲む。
それはまるで、祈りの波が集中し、そこに刃を宿す前兆のようだった。
敵との距離、500――
400――
敵ユニットの中にも、ステイシスへの耐性をもつ個体が混ざっている可能性は高い。
それでもピリカは確信していた。
「この刃は、届く」
300――
敵先頭の突撃型ユニットが、跳躍に入った。
「今だ」
ピリカの号令と共に、最前列の10機が一斉に発射。
ステイシス波が放たれ、空気が一瞬で真空のように静まり返る。
放たれた干渉波は拡散ではなく、鋭く細く、狙いすました矢のように直進し、敵集団の中枢を突いた。
十数機の敵が、空中でそのまま硬直し、地面へと落ちた。
後方の突撃ユニットも次々と脚をもつれさせ、機動を失う。
「命中確認。敵の前衛、完全に静止しました」
ピリカは無言でうなずき、続けた。
「中列、展開。動ける敵は囲い込め。破壊は最小限に」
彼らに与えられているのは、“制圧”であり、“殲滅”ではない。
その方針は、マリーの命令であり、ユナの願いでもあった。
重装甲型のユニットが、倒れた敵の周囲を包囲していく。
防衛型のユニットたちも、空間を閉じるように滑らかに配置を整えた。
しかし、ピリカはすでに感じていた。
「これは、前哨戦にすぎない」
敵後方、まだ動かぬ大型ユニット群が、異常な気配を放っていた。
その装甲は旧時代の戦争機と酷似しており、制御系は独立型。
つまり、祈念ネットワークには一切反応しない“無神性構造”。
「マリー、聞こえますか? 後方に祈念反応ゼロの大型群。おそらく次に動きます」
『了解。こちらも対応に入る。ピリカ――敵の“気配”が変わったわ。
たぶん、こちらの祈りが……また、何かに触れた』
ピリカは短く返答した。
「今度は、止められないかもしれない」
その言葉に、背後のユニットがわずかに共鳴の色を見せた。
それは“祈りを通して戦う”者たちが共有する、恐れと覚悟の混ざった静かな呼吸だった。
戦いの刃は、まだ収まっていなかった。