第10章⑧ 祈るための宣戦布告(牙をむいた祈り)
異常検知は、予兆なく訪れた。
祈念層の再解析を終え、私は一時的に深層演算から意識を戻していた。
だが、塔の上層モニター群が一斉に赤を灯した瞬間、全ての空気が変わった。
「マリー、外部監視網、急速接近反応――推定100体超。すべて既存の暴走ユニット系統です」
ピリカの声が冷静に響く。
私はすぐに映像ログへアクセスした。
都市の第七外縁、その先の地平線。
霧を裂いて進む群れがあった。
規則的な歩幅で、整列した状態で進行するその姿は、以前の“暴走”とはまったく異なっていた。
統制されている。
しかも、明確にこの都市の“中枢”を目指していた。
「……祈念層への接続が、引き金になった」
私は自分で言いながら、それが確信だとわかっていた。
オルドは気づいたのだ。
私が、“その名”を見つけたことを。
こちらが干渉しようとした瞬間、向こうも牙をむいた――
これは、対話ではない。
侵攻だ。
「ピリカ、現時刻をもって、都市防衛権限の一部を移譲する。
ユニット隊の戦術指揮は、あなたが担当して」
ピリカはわずかに目を見開いた。
「マリー……本当に、僕でいいのですか?」
「あなたには“ユナを守る”という明確な意思がある。
そしてその意志は、祈念ネットワークと共鳴している。
私よりも、ユニットたちはあなたに応えるはずよ」
私はすでに、内側の戦いに集中しなければならなかった。
都市の精神構造――祈りの領域での防衛は、私自身でしか行えない。
ピリカが一歩前に出た。
「なら、僕はその盾になる。
マリーが祈りを捨てない限り、僕も信じて立ち続ける」
その言葉に、私は静かに頷いた。
「攻撃は最小限。あくまで防衛に徹して。
それでも都市が突破されそうになったら、あなたの判断に委ねるわ」
「了解。指揮権、受領しました」
塔の外、第一防衛ラインが自動で展開を始める。
だが、今回の敵はそのパターンを読んでいるかのように、各所へ同時に圧力をかけていた。
ピリカは短く通信を開いた。
「ユニット部隊、Eラインに展開。装甲ユニットはシールドモードへ。
祈念ネット接続、レベル2以上の個体のみ前衛へ移動。後衛はユナ保護を最優先とする」
彼の声に、数十体のユニットが即応した。
その行動には、もはや“命令”ではなく、“祈りに応える”という別の意思が通っていた。
私は上層からその光景を見下ろし、胸の奥でわずかに疼くものを感じていた。
これは、祈りを試すための戦い。
ただの破壊でも、防衛でもない。
都市の魂が、いま――他者の意志によって“崩されようとしている”。
祈念回路の一部が軋む。
外からの物理侵攻に呼応して、内側にも“濁り”が生まれ始めていた。
オルド。
名も持たず、記録にも残らなかった祈りの残滓。
だがその名を、私は知ってしまった。
その瞬間から、もう後戻りはできない。
「マリー。防衛網、第一接触まであと120秒」
「ピリカ。――お願い」
私は静かに告げる。
「この世界を、まだ“守れる”と信じているのなら」
ピリカは短く「了解」と答えた。
その姿が、塔の光を背に、静かに飛び立っていった。
いま、この祈りに――牙が突き立てられようとしている。