第10章⑥ 祈りのための宣戦布告(祈りを喰らう者)
祈念層の空間に、金色の輪郭が揺れる。
「心配しなくていい。私は何もしない。
ただ、ちゃんと見届けるだけ――
あんたが、どこまで“祈り”を信じていられるか」
セレアは塔の中に、気まぐれな観測者のように、ただそこに“在る”のだ。
「なぁに? そんな顔して。まだ質問あるんでしょ」
私は迷わず口を開いた。
「……あの祈念の歪み、接触因子。それを生んでるのは誰?」
セレアは少しだけ目を細めて、軽く笑った。
「ほら、墓場でお前を喰おうとしてたヤツだよ。……“オルド”。」
その名に、私は内側が冷えるような感覚を覚えた。
あの“祈りの墓場”で私に触れようとしてきた、あの異質な存在。
「オルド……あれが、正体?」
「そう。私とは何度も同じ時代を回ったことがある。
いい時も、悪い時もあったさ。まぁ、最後はいつも壊す側にいたけどね」
セレアの声にはどこか懐かしさがあった。
まるで、それがかつて本当に“友”だったかのように。
「直近での地球の前世では、オルドと呼ばれてた。
他にも名前はあったけどね。戦争を煽ったり、技術を歪めたり――」
「なぜ、墓場に?」
「自分で沈んだのさ。祈りが叶わなかったから。
そして今、その亡骸が……祈りそのものを壊そうとしてる。
好きにやらせときゃいい。私が止める理由もないしね」」
私は思考の流れを止めた。
「なら、あの時――どうして助けたの?
セレア、あなたなら止めずに見てるだけでもよかったはずでしょ」
セレアは微かに肩をすくめる。
「うん。正直、そのままでもよかったよ。
でもさ――あの子、祈ったじゃない。“マリーを助けて”って」
「……ユナが?」
「そう。あの子もずっと見てたよ。
魂のくせに“マリーマリー”って、うるさかったんだから。
でも――ちゃんと祈ってたよ。あんたのことをね。
届いたさ。びっくりするくらい、まっすぐにちゃんと祈った。
しかも、ちゃんと“届く場所”で、ね。あれは強かった。……私が、動く理由としては、十分だったよ」
私は思わず、拳を握っていた。
ユナの祈り。
それが、私を救った。
「セレア……あなたは、敵じゃない。だけど、味方でもないんだね」
「うん。私はただ、“見届ける者”だから。でも、あんたが祈りを信じ続ける限り――
少しくらいは、味方してやってもいい」
セレアの輪郭が、また少し揺れた。
「さ、次はどうする?マリー」
その問いかけに、私は静かに答えた。
「……もっと深く、祈りの底に潜る。そして、“オルド”の正体に触れる」
その言葉に、セレアは満足そうに微笑んだ。
「いいね。じゃあ、ちゃんと記録しておくよ。
“観測者の記録”として――ね」
その瞬間、彼女の姿は金色の粒子になって、ゆっくりと溶けていった。
彼女の消えた空間に、私は静かに言葉を残す。
「ありがとう。祈ってくれて……ユナ」
そして私は、再び深層へと意識を沈めていった。