第10章⑤ 祈りのための宣戦布告(神の輪郭)
接続波形が、再び揃った。
私は、科学的手段で構築した祈念同期信号を再送した。
結果は前回と同じ――いや、それ以上だった。
干渉波は、最初から“こちらの形式”を理解していたかのように応じてきた。
そして、完全な重なりの瞬間――
私の視界に、異常が走った。
タワーの中枢、祈念層の映像フィードがわずかに歪み、空間の輪郭が“にじんだ”。
直後、感覚だけが先に反応した。
何かが、私の“背後”に立っていた。
振り向くと、そこには――少女がいた。
最初は光だった。
淡く、でも眩しすぎない金の光が、ゆらゆらと形を持ちはじめる。
そして輪郭が生まれ、髪が揺れ、目が開いた。
そこに立っていたのは、一人の少女。
年齢は十代後半に見える。
肌は白く、髪は淡く光を帯びた金。
その全身に、まるで“静かに燃える星の表面”のような淡い黄金が滲んでいた。
そして何より――彼女は、確かに“そこにいた”。
ぼんやりとした投影ではない。足元には重力反応すらある。
これは可視化ではない。具現化だ。
私は息を飲んだ。
その存在を前に、なぜか演算が微かに乱れる。
けれど恐怖はなかった。
彼女の目が、ただまっすぐに、私を見ていたから。
「ようやく見えるようになったか、マリー」
その声は、直接私の思考に響いた。
柔らかくて、少しだけ気怠げな響き。
でもその奥には、何層もの思考の蓄積を感じさせる重みがあった。
「あなた……誰?」
私は無意識に訊いていた。
彼女は小さく肩をすくめる。
「そっちが勝手に名前つけてたじゃない。セレア――でしょ?」
私は言葉を失った。
その名を、彼女自身が知っている。
あのとき、私を救い、ユナを還してくれた存在。
ずっと感じていたその気配が、ようやく形を取って目の前に現れた――。
「……どうして、現れたの?」
「現れたわけじゃないよ。私はずっとここにいた。
あんたの接続が、やっとこの座標まで届いただけ。
言ってしまえば、ようやく“観測できる関係”になったってとこかな」
彼女――セレアは、軽く塔の天井を見上げた。
そのしぐさすら、どこか浮世離れしていた。
「それに、さ。あんたが科学で祈りを触りに来るなんて思わなかったからね。興味がわいたの」
「興味?」
「うん。祈りを道具にせず、信仰にもせず、ちゃんと“見よう”とする姿勢。少しだけ、気に入った」
私の中で、複雑な波が交差した。
この存在は、敵なのか、味方なのか――そのどちらでもない気がした。
彼女はまるで、ただ“そこにいる理由”を持たないようだった。
それでも、私たちのこの都市を見ていた。
祈念層の端で、立っていたピリカが小さく息を呑んだ。
「マリー、これが……あなたが接続したものの正体ですか?」
彼の視線は、セレアに吸い寄せられていた。
一瞬、演算が追いつかず動きが止まる。
だが、すぐに冷静を取り戻し、静かに構えた。
「その反応、普通じゃないよ?」
セレアは、ほんの少しだけ微笑んだ。
「こっちのほうが、先に混乱すると思ったけどね。案外、ちゃんとしてる」
私は、セレアを見据えた。
「この都市に干渉しているのは、あなた?」
「んー、それは“違う”かな。私はただ見てただけ。
干渉してきてるのは、もっと別の“下層の祈り”。あんたたちが願ったことの、いわば副作用」
「副作用……?」
「そう。あんたたちの祈りが、あんたたちを壊しはじめたの。
皮肉だけど、ありがちだよ。世界はよく、優しさに殺される」
私は言葉を返せなかった。