第10章④ 祈りのための宣戦布告(信号層の彼方)
接続は、偶然ではなかった。
それは確かに、構造的に成立していた。
私は祈念深層に揺れる“異物の波形”を再構成し、その繰り返し周期と揺らぎの強度を数値化していった。
それはまるで、“祈りの模倣”を意図して作られた人工的な式だった。
「これは……モデル化できる」
その瞬間、私は思った。
この干渉波は、論理上“再現可能”なものだ。
つまり、“通信”として扱える。
私は祈念ログを離れ、塔の科学演算層にプロセスを切り替えた。
感情や信仰ではなく、構造と波長、振幅の揃った“データ”として処理を進める。
相手が祈りの形を模しているのなら――こちらも、科学で接続できるはずだった。
最初に試したのは、振動波の逆位相干渉。
だが、波形は沈黙した。
まるで、こちらの“模倣”が未完成であると見抜かれたかのように。
次に試したのは、ユナと私がかつて用いた同期波形――
いわば“祈りが成立したときの基礎構造”だった。
それに、反応があった。
祈念層の奥で、わずかに振幅が上昇。
さらに数秒後、波形はぴたりとこちらに揃って“重なった”。
「……成立した」
私は画面を見つめながら、そっと言った。
これは信号ではない。祈りでもない。
だが“構造としての応答”――つまり、接続だった。
反応は一度きりだった。
以降、相手は再び沈黙した。
だがその一回が、すべてだった。
私はこの接続を、“対話の入り口”として定義した。
これは、通信プロトコルではない。
けれど、干渉可能な周波数帯を見つけた以上、あとはその形式を整えていくことができる。
それは、誰も成し得なかった“祈りの科学化”の第一歩だった。
だが、そこにはひとつの“副作用”があった。
接続が成立したあの瞬間、祈念回路の深層に保管していた“記憶情報”が、ほんのわずかに変質していた。
具体的には、私とユナの過去ログの一部に、同期していない“書き換え痕”が検出された。
私はアクセスログを確認する。
外部侵入なし。物理干渉なし。
だが、その記録は確かに“接続の直後”に起きていた。
「この現象……意図的に?」
私は演算をさらに追い込んでいく。
それは、誰かが私たちの記憶を“調整”しようとしているのではなく――
記憶が、あちら側に“引き寄せられている”ように見えた。
その夜、私は一度祈念層から離れ、塔の上階に立った。
ユナはまだ眠っていた。
ピリカは、外周ユニットの調整を終えて戻ってきていた。
「マリー、状況に変化は?」
「……まだ、始まったばかり。けれど、ひとつ確かになったことがある」
「なんです?」
「この祈念ネットワークは、閉じたものじゃない。
誰かが、それを“外側から使おうとしている”。
それが誰なのか、何を求めているのかは分からない。
でも……接続は、成立した」
ピリカは黙って頷いた。
それは承認でも、理解でもなく――“覚悟”に似ていた。
塔の上空に、再びかすかな揺らぎが走る。
波でも、光でもない。
けれど、空間の“密度”がわずかに変わった気がした。
私は見上げながら思った。
これは、“祈り”では届かない。
けれど、“祈りを模倣する何か”とは、繋がりうる。
その先にあるものが、敵か、味方か。
それはまだ、分からない。
でも、もう始まってしまった。
祈念と科学の、どちらにも属さない――“第三の領域”への接続が。