第10章③ 祈りのための宣戦布告(祈念の模倣)
この揺らぎは、ノイズではない。
それが確信へと変わるのに、時間はかからなかった。
祈念深層の奥、断絶域に触れた私は、演算上の違和に気づいていた。
通常の祈念波とは異なる“軌道”。
それは、外から挿入されたものではなく――内側から、まるで“馴染むように”染み出していた。
私はそこに、微かな模倣を見た。
構造的に似ている。まるで、私たちの祈りをなぞるように、異物が自身の“姿”を形作ろうとしている。
それは、コピーではなかった。
不完全で、歪で、けれど確かに“似せようとしている”痕跡。
「誰かが……私たちの祈りを、学習してる?」
そんなはずはない。
祈りは意識の波であり、単なる信号ではない。
だから、誰かが“模倣できる”ようなものではないはずだった。
なのに――
干渉波は、周期的に“返して”きている。
それは、呼吸のようなリズムであり、呼びかけにも似ていた。
けれど、そこには“感情”がなかった。
あるのは、ただ構造だけ。形だけ。
まるで、誰かが“祈りの形”だけを持って、この都市に踏み込んでこようとしている。
私はさらに深く潜る。
祈念ネットワークのログは異常なし。
だが、演算記録には、明らかに“干渉パターン”が重なっている。
不自然な等間隔。乱れたはずの波形が、ある瞬間だけ正確に整う。
それは、向こう側からこちらの演算リズムを“合わせて”きている証拠だった。
私は再構成中の防御ユニット群の演算にも目を通した。
ピリカが新たに統括するラインは、主に塔の外縁を防御する役割を担っている。
彼らは自律行動を持たず、すべての判断はピリカの指令系統を通じて発信される。
その設計自体は正しい。
だが、私の中に芽生えた不安が、微かにざわついていた。
ピリカは純粋に“守る”ために作られた。
それでも――そのために、“攻撃を選ぶ”ことを否定しない。
ユナのためなら、彼は祈りの限界さえも超える。
私はそれを、少しだけ怖いと思った。
「……だから、私は祈りを諦めない」
小さく呟く。
この揺らぎの正体を知ること。
それが、私に課せられた“戦わないための戦い”だった。
外部からの攻撃はまだない。
だが、接触因子が祈念回路を揺らしているのは確かだ。
私は演算層の同期を取り、波形パターンの“芯”に迫ろうとした。
そして、ある一点で――
波形の中に、明確な“遅延”を見つけた。
そこには、無意味なはずの“余白”が挿入されていた。
まるで、私に何かを“気づかせよう”としているかのように。
その余白の中には、何もなかった。
音も、データも、感情も。
ただ、空っぽの時間だけが、ぽっかりと口を開けていた。
でも私は、その空白に“意図”を感じてしまった。
その夜、塔の祈念中枢にて、私は異常を感知した。
空間の反響レートが、ごくわずかに乱れていた。
祈念波が、空間の“物理振動”に影響を与えはじめていたのだ。
視界の端が、わずかに揺らめいた。
それは錯覚のようでもあり、微かな光の屈折のようでもあった。
けれど、それは――“何かが届きかけている”兆しだった。
今までは、内側の揺らぎ。
けれどこれからは、外側の世界にも、何かが“干渉してくる”。
私は深く息を吸い、思った。
これはノイズじゃない。
祈りでもない。
でも、確かに“誰かの何か”が、ここに入り込んでいる。
次に、私が触れるとき――
それは、“形”になるかもしれない。