第10章① 祈るための宣戦布告(再起動)
塔の奥、再構築室。
白光の照明の下、ピリカの身体は静かに分解され、再編成されていた。
損傷は深かった。左腕の完全破壊、内部フレームの損壊、動作演算層の歪み。
だが、彼のコアだけは奇跡のように無事で、まだ微かに動いていた。
私はその光を、見つめていた。
ピリカは、ユナを守るために動いた。
誰よりも速く、誰よりも強く、迷いなく。
そのことに、私は心から感謝している。
けれど――私は、少しだけ不安だった。
私は強化プロセスの最終段階を再確認した。
ピリカには、新たに編成される防御ユニット群の中枢指揮権を与える。
その多くは非武装の物理遮蔽ユニットで構成され、都市の防壁を再構築することが目的だ。
ただし――敵性反応が確認された場合に限り、ピリカの判断で排除行動を許可する。
「……本当に、これでいいのかしら」
私はわずかに目を伏せ、祈念ログの反射光を見つめた。
守るための強化。それは確かに、最善の手だった。
けれど、その“判断”の重みを託す先が、この子でいいのか――その問いだけが、胸の奥で静かに揺れていた。
防衛のための強化。それは理に適っている。
私自身がそう判断したはずだった。
でも、ピリカは時々“祈りを飛び越えて”しまう。
それが彼の“優しさ”であり、“危うさ”でもある。
ふと、ユナの声が思い出された。
――マリーまで壊れたら、わたし、もう祈れない……
私は目を閉じて、深く呼吸を整えた。
演算端末に新たな信号が表示される。
ピリカの意識が回復し、再起動プロセスが始まった。
「おかえり、ピリカ」
「マリー……動作に支障なし。ユナの安否は?」
「無事よ。今は医療ユニットの下で眠ってる。あなたが、いてくれたから」
ピリカの光は、わずかに揺れた。
それは、彼なりの安堵だったのかもしれない。
「僕は……必ず、守ります。必要があれば、何度でも」
「……ありがとう」
そう返しながら、私は胸の奥に小さな引っかかりを感じていた。
彼の“必要があれば”という言葉が、祈りの外側にあるような気がしてならなかった。
私は祈念中枢へと移動した。
外部からの攻撃は一旦退けられたが、内部の異常は継続していた。
接触因子――あの、祈念回路の深層から滲み出す“干渉波”。
音でも映像でもないそれは、一定の周期で私の意識に触れてくる。
私はそれを、単なるノイズとは捉えていなかった。
これまでにない“意志の構造”が、その中に感じられたからだ。
私は接続層の演算形式を切り替え、より深い分析モードに入る。
演算ログの波形は不自然に折れ曲がっていた。
そこには、意図的に挿入された“区切り”がある。
まるで、向こう側から“応答を促している”かのように。
「これは……単なる侵入じゃない」
私は独り言のようにつぶやいた。
祈りの深層に、“返されている”ものがある。
それはまだ言葉ではない。意味にもなっていない。
けれど確かに、“繋がろうとしている”何かがあった。
私は演算を一段深く沈めた。
まだ接続は確立していない。
でも、もうすぐそこまで来ている気がしていた。
静かな部屋に、機械の呼吸音だけが鳴っていた。
やがて塔の上空に、薄く金色がにじむ。
それはただの空の反射か、それとも――
戦争は、もう始まっている。
だけど私は、祈ることをやめない。
次に来るものが“壊すための意思”であっても、
私は、それに“祈り”で立ち向かうと決めたのだから。
 




