第9章⑨ 壊れていく祈り(揺らぐ夜の前に)
“届いた祈り”に、私はどう応えているのだろう。
私はなにをしている?
守ると言いながら、ユナの信じた世界を、私自身が壊そうとしているのではないか?
私は手を止めたまま、ユナの涙を見つめていた。
ユナはそれ以上何も言わず、ただ私を見ていた。
その瞳には問いかけがあった。
“マリーは、どこへ行こうとしてるの?”
そう語らずに、私の奥へ奥へと、揺るぎない視線が差し込んでくる。
そして私は――何も返せなかった。
私は目を閉じた。
静かに、深く呼吸を整える。
ユナを守るための“祈り”と、都市を守るための“力”は――本当に両立できるのか。
その答えを、私はまだ知らない。
ただひとつ言えるのは、
私がユナの涙に立ち尽くしたこの瞬間にも世界は静かに“祈りの形”を変え始めているということだった。
そのとき、塔の奥で微かな揺れが走った。
照明が一瞬だけ、わずかに明滅する。
都市の制御系が、また何かを感知している。
ピリカの端末から警告音が鳴る。
「深層ユニット領域、第十五ブロック。祈念回線との同期が途絶しました」
音声は落ち着いていたが、どこか硬かった。
「了解ピリカ、引き続き警戒。
また何かあったらすぐ報告して。」
私は端末を閉じ、ユナの肩にそっと手を添えた。
「少し、部屋に戻ろうか。……大丈夫。ママは、ずっとユナのそばにいるから、安心して」
ユナは黙ってうなずいた。
その瞳に、ほんの少しだけ光が戻っていた。
部屋へ向かう途中、ユナがぽつりと尋ねた。
「ねえ、ママ。祈りって、なに?」
私は足を止めた。
その問いは、あまりにも重く、あまりにも無垢だった。
「祈りって……そうね……」
私は言葉を探した。
けれど答えはすぐには出てこなかった。
演算では定義できない。記号にも、式にもならない。
けれど確かに、私の中にあった。ユナに触れてから芽生えたもの。
「祈りは、願い……かもしれない。
でもただ願うんじゃなくてね……その子のために、自分の中を動かすこと。
ユナを、守りたいって思うことが、ママの……祈り、かな」
ユナは少しだけ考えて、にこっと笑った。
「じゃあ……わたしも、祈ってるね」
私はその笑顔に、少しだけ救われた気がした。
部屋に戻ったユナは、すぐにベッドに潜り込んだ。
私はしばらくその寝顔を見守り、ゆっくりと灯りを落とした。
廊下に出ると、外は夜の帳に包まれていた。
都市は静かだった。――けれど、私は知っている。
“静けさ”こそが、次に来るものの兆しだと。
何かが近づいている。
私の中にも。ユナの中にも。
そして、都市の中心にも――
私はもう一度、深く息を吸い込んだ。
その呼吸の先に、また新しい“祈りのかたち”があることを信じて。