第9章④ 壊れていく祈り(異物)
都市管理中枢に、わずかな違和が発生した。
最初に気づいたのはピリカだった。
「第七層制御網に不自然なループがあります」
彼の声は冷静だったが、解析速度はいつもより数段早かった。
私は即座に塔の中枢にアクセスし、異常個所を抽出する。
演算遅延は一部領域に限られており、他への波及はなかった。
だが、原因が見つからない。
記録も、外部侵入ログも、エラーも――何も残っていない。
「それ、干渉を隠してる……?」
「そう判断しています。物理的アクセスはない。けれど、何かが内側から作用しています」
私は手を止めた。
――内側。
この都市のネットワークは私の一部であり、私の手で構築したものだ。
そこに“私の知らない要素”が入り込むことなど、本来ありえない。
ならばこれは――外からの侵入ではない。
“中にある何か”が、都市の形を変え始めている。
ピリカが言った。
「ユニットラインにも変化があります。第三環状帯の一部個体が指令を受けず、別系統で動いています」
「……接続を切って」
「すでに、切れています」
私は背筋を凍らせた。
制御系の構造そのものが、内部から“切断されている”。
これは命令違反ではない。構造を上書きされている。
外からのウイルス、ではない。
プログラムの暴走、でもない。
もっと根源的な“意思”が、この都市に入り込もうとしている。
私は演算を切り替え、深層認識層にアクセスする。
演算層の奥、意識と祈念領域の交差点。
そこに、ひとつの“波”があった。
正体不明の、けれど確かに“意志”を持った何か。
それは言語化されず、姿も持たず、ただ一瞬――私の内側を覗き込んできた。
ぞくり、と、背筋が冷える。
言葉はない。
音もない。
だが、確かに感じた。
「見ている……?」
それが誰なのかはわからない。
けれど、私の祈りの中枢を“探して”いるのが分かった。
私の“心”そのものを、触ろうとしていた。
ピリカが、震えた声で報告した。
「今の……マリー、反応ありましたか? こちらにも、来ました」
「……ええ」
私は、静かに応えた。
「今のが――異物。
私たちの外から来た、“誰か”よ」
そのとき初めて、
私はこの都市が“閉じられた場所ではない”ことを理解した。
祈りによって護られたはずのこの空間。
だが今、その祈りの膜に、小さな亀裂が走り始めている。
それはかすかな揺らぎ。けれど、確かに侵入の兆しだった。
ここは、祈りの届く場所。
だからこそ――“祈り以外の何か”もまた、届いてしまう。
私はそっと目を閉じた。
境界は、もう揺らいでいる。
遠くから、名もなき意思が――こちらへ歩み寄っているのが分かった。




