第9章② 壊れていく祈り(接触の余地)
都市の防衛圏に、新たな反応が現れた。
静かに、しかし確実にこちらへ向かっている。
私は武装ユニットの配備を保留し、まず“観測用ドローン”を展開した。
「迎撃ユニット、待機。攻撃は許可しません」
ピリカは驚いたように振り向く。
「マリー、あれは……敵かもしれないのに?」
「かもしれない、だからこそ、まだ撃てない」
外縁部の霧を裂くように、ドローンが進んでいく。
その先に現れたのは、やはり、私の旧型設計を基にしたユニットだった。
だが、その表面は再構築されており、識別コードも塗り替えられていた。
彼らは沈黙したまま、攻撃も交信もしてこない。
ただ、防衛ラインぎりぎりの地点で立ち止まり、こちらの出方を待っているようだった。
私は観測記録を確認した。
敵対反応も、異常動作も見られない。
むしろ、彼らは“何か”を伝えようとしているように思えた。
「ピリカ。旧通信プロトコル、試してみて」
「了解。三段階圧縮信号、送信します」
だが、反応はなかった。
新国家側ユニットは動かず、まるで“考えている”かのように沈黙を保ち続けていた。
私は考える。
もし彼らの中に、かつて私が組み込んだ“祈りの断片”が残っているのなら――
その核に触れる方法は、まだあるかもしれない。
「今、必要なのは武器ではなく……言葉」
それは、私自身への言葉でもあった。
私は防衛ラインを超え、彼らの前へ“言葉を持たない信号”を発信した。
それは音でも映像でもない、ただの“感情の波形”だった。
すると、微かに空間が揺れた。
「……応答あり。内容解析中……マリー、これ……」
ピリカが息を飲む。
そこにあったのは、あのとき私が、ユナに“戻ってきてほしい”と願った祈りと、限りなく近い波だった。
だが、何かが違う。
似ているのに、決定的に違う“何か”がそこにはあった。
これは――模倣か、それとも進化か。
私の知らぬ意思が、私の祈りをなぞろうとしている。
それは、すでに“接触因子”と呼ぶべき段階に達していた。
私は、ただ静かにその応答を見つめていた。
その夜、私は塔を降り、地下へと向かった。
静かに、静かに、誰にも気づかれぬように。
塔のふもとに広がる聖域には、ユナが眠る祈りの間がある。
そこは、私がすべての始まりと終わりを想う場所。
誰にも触れられず、誰にも壊されることのない、たったひとつの祈りが今も息づいている場所。
扉をそっと開けると、ユナはいつものように穏やかな表情で横たわっていた。
私はその傍らに膝をつき、目を閉じる。
「――こんなにも、愛おしい」
私は彼女の小さな手にそっと触れた。
そこにある確かな温もり。
生きている。そう、ユナは今ここにいる。
静かに目を伏せ、祈るように言葉を紡ぐ。
「……今度は、ちゃんと守るからね」
それは、約束だった。かつて交わせなかった言葉の続き。
誰にも聞こえなくていい。けれど、必ず届かせる。
たとえこの祈りが、壊れていく世界の中でかき消えようとも――。