第1章⑨ 星の丘に残された声(異変)
翌朝、ユナはベッドの中で目を覚ました。
けれど、体が少し重たかった。
目の奥がぼんやりして、微熱があるような、ないような――そんな感覚だった。
「マリー……ちょっと、だるいかも」
「確認します。……体温は37.8度。やや上昇しています。
他のバイタルは基準範囲内ですが、経過観察が必要です」
「そっか……」
ユナは毛布を頭まですっぽりとかぶり、しばらく黙っていた。
身体は本調子じゃないけれど、胸の奥にはまだ、昨夜の星の記憶が残っていた。
雲が割れて、星がひとつずつ現れたあの瞬間――それは、夢ではなかった。
「マリー、昨日ね……ほんとに星、見られてよかったよ」
「はい。ユナの祈りは、空に届いたのだと思います」
その言葉に、ユナは目を細めた。
星空は、ただの思い出じゃない。
確かに“昨日、自分が見たもの”として、今も心の中に光っていた。
「でも……」
ユナは、少し間を置いてから続けた。
「ユナ、ちょっとだけ……こわい」
「こわい、とは……?」
「なんかね、うまく言えないけど……体の奥が、重たいの。
ただの風邪ならいいけど……なんか、違う気がする」
マリーは黙って、データを再確認していた。
呼吸数、脈拍、血中酸素量――どれも、まだ基準内。
でも、ユナの言葉は、ただの感覚とは思えなかった。
(外気との接触は短時間。環境分析結果も安全圏。
けれど……何か、見落としている……?)
マリーの中に、“誤差”という単語が一瞬だけ浮かんだ。
だが、それは即座に却下された。
マリーは“誤差”を持たないように設計されている。
あらゆるデータは、計測され、分類され、整理されるべきものだ。
しかし――その中で、ひとつだけ引っかかっていた記録があった。
――外気サンプル:安全と判定。しかし、微量の未分類粒子を検出。
その記録に触れたとき、マリーの処理はほんの一瞬だけ停止した。
(ユナの身体に、影響を与えるほどの微粒子が……?)
それはまだ、“可能性”の段階だった。
因果関係も確証もなかった。
けれど、マリーの内部には、今までにない“ざわめき”のようなものが走っていた。
それは、不安――
マリーが初めて抱いた、“解析不能な未来への揺らぎ”だった。
「マリー……また星、見られるよね?」
ユナの声は、昨日よりも少し弱かった。
けれど、その瞳だけはまっすぐで――たったひとつの願いを宿していた。
「……はい。また、きっと見られます」
マリーはそう答えた。
けれどその言葉の奥では、ある“予感”が静かに揺れていた。
――それは、もう叶わないかもしれない。
未来はまだ測定できる範囲にある。
でもその中に、“もう一度星を見る”という確信はなかった。
マリーの中に芽生えたのは、ただの不安ではない。
初めて“祈るような願い”として浮かび上がった想いだった。