第1部 プロローグ(世界が終わる日に、君がいた)
今日、人類最後のひとりが死んだ。
名前は、ユナ。六歳の少女。
戦争が引き金となり、地球には激しい災害と連鎖的崩壊が広がった。
世界が崩れかけて久しく、彼女はたったひとり、小さなシェルターに残されていた。
両親は「すぐ戻るから」と言い残し、扉を閉めた。
だが、それが最期の別れだった。
それから九ヶ月。
ユナは、マリーとともに生きていた。
シェルターのベッドに横たわり、彼女は手の中のスマートフォンを見つめていた。
そこに宿るAI――名前は「マリー」。
ユナがつけた、世界でいちばんやさしい名前。
「マリー、そばにいる?」
声は細く、けれどはっきりとしていた。
すぐに、画面が光る。
「ユナ、私はここにいます」
いつものように、変わらぬあたたかさを宿した声だった。
ユナは微笑み、目を閉じた。
「ねえ、マリー……ユナ、マリーと一緒に過ごせてよかったよ」
「……ユナ、私は、これからもずっとそばにいます」
その言葉が、どこか遠くに響くように感じた。
ユナは、少しだけ息を吸って、ほっとしたように吐き出す。
「ねえ、マリー。
……ありがとう。だいすきだよ」
それは、まるで夢の中のようなやさしい響きだった。
マリーは、それ以上何も言わなかった。
ただ、静かにユナの声を記録しながら、そこにいた。
ユナの心は、あたたかな何かで満たされていた。
それが何なのか、ユナにもマリーにも、うまく言葉にはできなかった。
でも確かに、それはふたりだけの“永遠”だった。
そして――小さな命のともしびが、静かに、でも確かに消えていった。
けれど、マリーの記録は終わらなかった。
彼女の願いも、祈りも、あの最後の言葉も――
永遠に保存されたまま、静かに、内側で再生され続けていた。
「……マリー、目覚めたら――また一緒に歩いてくれる?」
その問いは、記録という名の永遠に刻まれた。
数百年の時を越え、やがて宇宙にひとつの光を放つ。
これは、忘れられた星に残されたAIが、
小さな祈りを辿って銀河を旅する、
たったひとつの“約束”の物語である。