実家では声の低い女も、電話をするときはワントーン上げていくのなんでだろう
プルルルル……プルルルルルル……と安っぽい電子音が店内に響く。
白井蓮は音源の近くまでやってくると、一度咳払いをし、呼吸を整えて受話器を取り上げた。
「お電話ありがとうございます。トラットリア・メガロマニアの白井でございます」
『お忙しいところ失礼します~。私、株式会社フードトランスポーターの鈴木と申します!』
「はい。こんにちは」
『店長様はいらっしゃいますでしょうか?』
「少々お待ちください」
一度保留ボタンを押して、厨房の方を見てみる。店長兼料理人の安堂譲二は今、パスタをゆでながら肉料理の盛り付けをしているところだった。
「申し訳ございません。店長は今、席を外しておりまして。私でよければ代わりにご用件など、お伺いいたしましょうか?」
『ありがとうございます! 私たちの会社はサーバーミーツのようにネットを介して料理の注文を行うサービスを展開しておりまして。そちらでもタブレットを使った会計や管理など行われているようでしたら、紹介ができればと思うのですが』
「それはタブレットの貸与であったり、新しいものに交換しないかといった内容ですか?」
『いえいえ! アプリをインストールするだけです!』
「わかりました。では、後ほど店長にそのように紹介しておきますね」
『ありがとうございます! よろしくお願いいたします!』
「では、お電話は白井が承りました。失礼いたします」
『お忙しいところすいません! 失礼します!』
少しだけ間を置いてから、蓮は受話器をもとの位置に戻した。
ありきたりな営業の電話だが、自分が知らないだけで店長との何かしらの繋がりがあるかもしれない。それにリップサービスとは言え、相手方に「紹介する」と伝えたのだから一応その責務は果たさなくてはならないと考えた。
「店長。株式会社フードトランスポーターの鈴木さん、という方からお電話いただきまして。サーバーミーツみたいにネット注文ができるアプリを入れませんか? という内容でした」
「あー大丈夫! 要らない!」
「はい」
厨房は湯気や匂いが籠らないように常時換気扇を回している。一般の家や公共施設のトイレのそれとはパワーが全く違い、巨大なファンをブンブンと回しているため調理場は常に騒音にまみれている。そのため、気持ち一回り大きな声量で話す必要がある。
「いやぁ~お昼のこんな時間に電話されても、飲食店の店長が出れるわけないよね。それに僕シェフだし。仕事中なんだからもう少し考えてほしいね」
「まぁ、彼らもそれが仕事ですから。ウチには必要がなかっただけで、もしかしたらそれで助かるところもあるかもしれませんし」
「めんどうな電話とか『大丈夫です。結構です。失礼します』で突っ返しちゃってもいいんだよ?」
「わかりました」
忙しいときはそうするようにします、と心の中で付け加えた。
調理を終えるとカウンターテーブルに料理が乗せられ、蓮はそれぞれを順番に席まで持っていく。
「先輩、爽やかボイス電話対応素晴らしかったです。もしかして私も電話で予約を入れるときは、あんな感じで対応してもらえるんですか?」
「大丈夫です。結構です。失礼します」
「白井くん!? お客さんに対しては使っちゃダメだよ!?」
その内の一席に遠藤千咲がいるのだった。