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生きていれば必ず後悔は生まれるので、いっそ納得できる方に倍プッシュです

 デザートを食べたその後、細々(こまごま)とドリンクの注文を取ったりお冷をもらったりしながら時間はあっという間に過ぎていった。

 閉店の時間になったことを伝えられると、四人は荷物に手をかけ帰路につく準備を始めた。一時は店員を巻き込んで騒ぎ立ててしまったが、島田あやは終始にこやかな表情だった。とはいっても、仕事でもプライベートでもあやが厭な表情を浮かべているところを千咲は見たことがない。とても人物であることを知っていて、だからこそ今日の悪酔いは少し度が過ぎてしまったのかもしれないと反省していた。


 そんなあやは帰り際、いつになくまっすぐな瞳をしていた。

「ちーちゃんはこのまま帰っちゃうの?」

 手荷物をまとめて、後輩達は先に支払いのために出ていったところだ。二人で忘れ物がないか椅子の下を確認していたところに声をかけられた。


「どうする? 二人で二次会行っちゃう?」

「そっちじゃなくて~」

 こめかみの辺りに五指を添えて、あやはため息をついた。

 この飲んべえをどうしようもなく阿呆だと思ったからだ。


「先輩ともうお別れでいいのってこと~」

「えー、うーん……どうなんだろ」

「せっかくまた会えたんだよ? もっと話せばいいんじゃない?」

「いやぁもう先輩の声が聴けてお腹いっぱいだよ」

「本当に?」

 あやは珍しく食い下がる。扉に手をかけて出ていこうとする千咲の袖を引いた。


「今でも好きなんでしょ?」

 聞きたくなかった言葉だ。

 向き合いたくないから、途中から、あやの瞳の色が変わってからあえて目を逸らしていた。


「で、でもほら? なんていうか今仕事も忙しいし? 昔と比べて私もちょっと大人になったっていうか? そんなにガツガツしなくてもな~とか?」

「また逃げるの?」

「逃げてるわけじゃ……ないけど」

 言葉の一つ一つに刺されて、千咲は唇をしまい込む。

 視点はおぼつかないで、焦点は中空をさまよい続けていた。

 考えようとしても脳は上手く機能をしない。アルコールで機能が低下しているからではない。どんな言葉を取り繕おうと、その言葉は言い訳がましく聞こえてしまうから、あやにぶつけることができなかった。





 帰りがけ、人影を蓮は見つけてしまった。

 千咲が店側から死角になるような位置で立っていた。

「……お疲れ様です。仕事はもう終わりましたか?」

 夜の風は良く冷えるのか、千咲の頬は赤くなっていた。

「この時期の出待ちは寒いだろ。なんか自販機でコーヒーでも飲むか?」

 二人は店の近くにある公園でベンチに座りながら缶コーヒーを片手に談笑をしていた。

 互いに今日までの大学生活や社会人生活。

 懐かしい歌やアニメのことなど、会えていなかった分の時間を埋め合わせるように話していた。

 中身のないくだらない話しばかりだ。それでも楽しくて充実をしていた。

 仕事が終わった後の蓮はとてもフランクな話し方だった。

 時折冗談交じりで会話を楽しませたりしてくれるところも、昔と変わらない。


「先輩は昔と相変わらず自由な感じがしてかっこいいですね。それに比べて私は、仕事しか取り柄のない人間に成り下がってしまいましたし……」

「そうか? 仕事は誰かに必要とされているからできることだ。仕事をすることはそれだけで誰かの役に立ててると考えていいんじゃないのか?」

「全然ですよ! 全然! もう毎日朝起きるの辛いですし、休みたいって気持ちがいっぱいですから!」

「朝ちゃんと起きれるだけでもすごいぞ。奇跡のようなもんだと思って自分の体に感謝しな」

「……先輩はなんかずるいです」

「ずるいって何が」

「よくわからないけどなんかずるいです! こっちはいっぱいいっぱいなのに、そうやって優しいのは普通みたいな感じで、大人ぶって……」

「まぁ、一応いい歳ではあるからな」


 大げさに言ったり慰めようとしてくれる物言いではなかった。

 それが当然のことで、然るべきことで、普遍であるかのように言う。

 遠い記憶の中の蓮は厳しい人間だった。礼節を重んじて、義理がたい人という印象で、人が喜ぶところを的確に褒める人だったと記憶している。

 それがこうして褒めてくれていることは、少しは昔と比べて成長できたような実感を持たせてくれる。

 純粋に嬉しかった。


「……じゃあ、俺は明日も仕事だから。そろそろ帰るとするよ」

 互いに缶の飲み口から上がっていた湯気は立たなくなっていた。残り一気に飲み干すと蓮はゆっくりと歩きはじめ、帰ることを促してきた。こちらのことを慮ってのことだ。

 次の日の仕事のために今日を安静に終わらせようとする姿勢は大人としてそうあるべき姿なのだろう。


「……そうですね。じゃあまたいつかお店行きますよ私。その時はいっぱい絡ませてもらいますからね」

「ならそれなりに注文してくれ。店長が喜ぶ」

 駅はもう目の前だ。改札口に向かっていく人の川がちらほらと見えてきた。

 徒歩五分もかからないはずなのにとても長く、ゆっくりと歩いている気がした。

 また会える。それが分かっただけでも十分に良い収穫だ。

 またゆっくりと、今度は素面の状態で会って話そう。

 今まで会えなかった間のことをたっぷり話そう。



 ……本当にそれでいいのか?



 千咲の足取りのリズムが崩れた。

 その場で立ち止まると、蓮はどうしたのだろうかと千咲の方を見た。

 簡単な言葉が、嗚咽が混じり上手く音にならない。呼吸を整えて、もう一度言葉を吐き出した。


「っ……先輩、あの……なしで!」

 恥ずかしながら、友人の勇気を羨ましいと思ったじゃないか。

 自分もそうすることができていたならと涙をぬぐっていたじゃないか。


「なしって、何が?」

「今度じゃなくて、今、聞いてもらえまえせんか」

 なぜチャンスが二度も現れると思う?

 約束や覚悟は時間とともに擦り切れて、自分ですらその原型を忘れてしまうこともあるじゃないか。

 夢見た理想の社会人ライフは実現できなかった。

 仕事をする過程の中で、犠牲にしてきた自分がある。

 諦めるだけじゃ、何も手に入らないことは十分に理解できている。


「私、先輩のことが好きでした。ずっと……ずっと前に先輩のことが大好きでした! 久しぶりにあってみても、やっぱり好きのままでした。だから……」

 後悔はきっとなくならない。

 人生は一度しかないから、自分が選ばなかった方の未来が気になってしまうからだ。

 そしてまた、その時に何かを選ばなかった自分を、未来の自分は嫌いになるんだろう。

 ならどうしようか?


「先輩! 30歳になってもお互い独身だったら結婚しましょう、と言いましたがやっぱり待てないので今から恋人を始めましょう!」

 今の自分が、これからの自分に誇れる選択をここで決めよう。

 後悔は過去を変えられない。だけど今を変えたいと願っている証拠のはずだ。

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