眼鏡キャラが眼鏡つけない時みたいに、推しの今までと違うビジュアルが公開されると胸が熱くなりますよね
「ふえ……?」
間の抜けた声が出てしまった。突然のことに平常心が保てなかったからだ。
「えぇえええええええええ! 本当に蓮先輩ですか!? な、ななななななんでこんなところにぃ!」
「お客様? 他にもお客様がおりますのでお静かにお願い致します。あとバイト先の店をこんなとことか言うな」
「え、だって、なんか大きい会社の健康食作ってるところで働いているって話じゃあ……」
「あーあそこ? なんかそりが合わんくて辞めたわ」
「結構大きい会社だったって聞いてますけど」
「従業員数はね。言うてマザーズだし」
だってさっきまで空から理想の男が降ってこないかな、とか。昔好きだった人に会いたいな、とか。思っていた矢先になんとお得なダブルセットで来るなんて思いもしないじゃないか。
それはいくら何でもお得すぎるハッピーセット。
キモいオタクのような鳴き声を上げなかっただけでも十分に自分を褒めてあげたい。
「で、千咲?」
「おっほ!」
「お……え、どうした? 気持ち悪いのか?」
「すみません大丈夫です気にしないでください。気持ち悪いのは私の心なんでご心配なく」
(やばーい! 相変わらずイケボしゅきぃ! いきなり名前読んでもらえて危うく蒸発するところだったじゅるり)
白井蓮は高校時代と比べて背丈や髪が少し伸びていた。
校則で髪は短くしなくてはいけないところだったが、本人曰く「髪のセットとか面倒だから」という理由で定期的に髪をバッサリと切っていた。
その蓮が耳にかかるくらいに伸びた姿を見たのは初めてで、新鮮だった。
それに声も少し落ち着いていた。
昔は楽器を手にしたばかりの少年が力いっぱいに吹くラッパのような軽快ハツラツとした音だった。
今はというと、ゆっくりと丁寧に奏でるピアノのようで、発する音の一つ一つに時間という味わいが見えてくる。
それでも根底となる中音域の透き通った音は健在で、まさに奏者の成長が表れているような感じだ。
心なしか、昔より推しの黒沢翔くんのビジュアルにより近くなった気がする。
「……って、聞いてんのか。千咲?」
「あ、はい! なんでしょうか!?」
「せっかくだから中の様子でも聞こうと思ってさ。今はデザート出してもいいくらい? 良かったらすぐ準備始めるけど」
「はい。問題ないですけど……せっかく久しぶりの再会だと思ったのになんてドライな対応なんですか。何か感動の言葉とかないんでしょうか……?」
「今は仕事時間中なのでお客様方へのサービスの方を優先しております」
「いくらですか? いくら積んだらもっとサービスしてくれるんですか~?」
「二〇〇〇円追加していただけるのなら肉料理をもう一品提供できるとは思います」
「そういうサービスじゃないです~!」
「お客様。席にお戻りください。デザートと一緒に食後のコーヒーとお冷をお持ちしますので」
脇からひょいと腕をかけてすくい上げるようにして千咲を立たせると、蓮は個室のドアを開けて誘導した。先までのひしゃげた表情は嘘かのように、満面の笑みに戻っていた。