祝福しているつもりですが、同期が寿退職をし続けると急かされてるような気分になるのはなぜでしょう
駅から徒歩五分の小さなレストラン。店内はやや薄暗いが、間接照明が壁を照らし落ち着いた雰囲気を感じさせる。
入店してすぐに目につくのは、厨房と向かいあった四人掛けのカウンターテーブル。市販の蒸留酒や、銘柄のわからないワインのビンが規則正しく陳列されていた。
その後方には一般のテーブルは全部で四つ。イスは二〇人分ある。
すでに入店を済ませていた他の客が、ゆっくりとワインを飲みながらカプレーゼをゆっくりと食べているところが見えた。
初老の夫婦だ。楽しそうに話しながら食べていた。
予約席は二階。個室を借りていた。
オトナの雰囲気二重丸といった感じの大衆食堂。予約していたパーティープランが始まると千咲のドカ飲みが止まらなかった。
「ぐすっ……ぐすんっ! いかないでよーあやちゃん……! 寂しいよー! あやちゃんがいたからここまで頑張って来れたのに。あやちゃんまでいなくなっちゃったたら、私、頑張れる自信無いようー!」
いつもはストロング缶ですぐに気持ちよくなれるのだが、飲み慣れないワインではすぐに酔いが回って来なかった。
加えてタンニンの渋みを感じるワインは、飲んでも飲んでも喉が潤う感じがしない。その結果、大量に摂取してしまっていた。
「大丈夫だよ〜。ちーちゃんにもいつか良い人が出来るって」
「うんちょっと待って大丈夫ってどういう意味ですか? 何について大丈夫って言ってます? 今は結婚もその相手を作る予定も無さそうだけどいつかは結婚できると思うから大丈夫だよって言う意味で言ってますかそれ? 私は友達がいなくなって一人になって寂しいって話をしてたんだけど?」
「あはは。もう、ちーちゃん飲み過ぎだよ〜」
隣の席から腕にしがみついてくる千咲を、島田あやが宥めていた。
「一人はやだよぉ……同期の子はいなくなって、先輩達も転職しちゃうし……私、もう辞めたい……仲のいい子がいない会社じゃ仕事なんてやってられないよー!」
「今日部長とか人事の人とかいなくて良かった〜。今の聞かれちゃったら絶対アウトだったね」
今日は生産管理部のチームのうち、年齢の近い社員達での飲み会だった。部長も誘ってはいたのだが、女性達での空気を崩すのは忍びないと断った。今この瞬間に立ち会っていなくて良かった、とあやは心の底から安堵した。
「ちーちゃんはまだ彼氏とか作らないの?」
「作れないよー! こんな仕事ばっかりの生活じゃあ」
「好きなタイプってどんな人だったっけ」
「『バリボー!!』に出てくる黒沢くんみたいに身長一七五センチ以上のガリガリすぎない細マッチョ。厳しくても、たまに優しくしてくれる性格だと嬉しいかな。あとイケボは外せないよね。この後何年も一緒にいるってことはその分名前を呼ばれるってことでしょ? 声優みたいな声で呼んでくれれば、なんだってがんばれそうな気がする!」
「うん。多分そこなんじゃないかな~」
「……でも年収一〇〇〇万円以上のフェラーリ乗り回してる起業家で、年に二回は海外旅行に連れて行ってくれる、彼女へのプレゼントはアイオスかベトンとかロジックスみたいな難しい要求はしていないけど……」
「お金は探せば見つかるけど、遺伝子はそれより無理難題だと思うな~」
本人は自覚をしていないようだが、相手に要求することが多いのは確かだ。
ましてや努力でどうにもできないところに要求があるのだからとても手に負えない。
この質問については以前から何度もしていたが、いつも返答は同じだった。だから曲がることのない千咲の信念のようなものなのだろうと、親友とはいえ諦めていた。
「千咲先輩って、結構理想高かったんですね……」と一個下の後輩の山田ららいがつぶやいた。
普段は淡々と仕事をこなす先輩の完全に出来上がっている様子を見て、若干引いてる様子を見せていた。
「『バリボー!!』は私も見てましたけど。黒沢くんみたいな男の人なんていなくないですか?」
「ね。ららちゃんもそう思うでしょ~? でもね」
「いたもん! 黒沢くんみたいな人、いたもん!」
「そう言うとちーちゃん毎回こう言うんだよ」
「そんなポポロいたもんみたいに言われても……」
千咲は新たにボトルで一本開けると、あやとららいのグラスにワインを注ぐ。もう一人の参加者の川村詩織は結構ですと手で遮るジェスチャーをした。
「……一人だけ。一人だけ見たことがあるの」
「高校の先輩だったんだよね~」
「その人とはどうだったんですか?」
「いやぁ……何も、なかった、よ?」
「告白しようとしたら日和っちゃって『先輩って恋人出来ても長続きしなさそうですよね(笑)! 私も恋愛とかあまり興味ないし、三〇歳になっても独身だったら結婚しましょうよ』って言っちゃったんだよね~ちさちゃん?」
「えぇ……何様ですか千咲先輩」
「それは良くないですよ。イタいですよちさ先輩」
「そんな目で見ないでぇええええ! あやちゃんもなんでバラしちゃうのさ! 後輩たちの前ではちゃんとした先輩のままでいたかったのにぃいいい!」
「ちゃんとした先輩は、同期のお祝いの席で泥酔しないものだよ~?」
軽蔑とはいかないまでも、千咲に対する後輩たちの目は少し変わっていた。
ただそれは悪い意味ではない。
(ちーちゃんはいつも真面目だからね~。まだこれからも一緒にいる後輩ちゃんたちにも、ちーちゃんは完璧じゃないんだってことを知っておいてもらった方がいいよね~)
悪戯心の中に、ささやかな想いを込めていた島田あやだった。