【幻風景】かみそうじ
年明けの寒風が最も厳しい頃合い。地鳴りがするようになったら、歳神様が御山から降りてくださった兆し。
東西南北、近隣の村々から大勢の若衆が集まり「かみそうじ」が始まる。
歳神様は足下から見上げても、てっぺんも見えぬほどの巨体。御山と村の間にある野に、ずしんと腰を据えた。
すると男手の中でも特に身軽な者たちが、身一つでするすると歳神様へ登ってみせる。
小脇には紙垂飾りのある太縄。こいつを歳神様の頭上にぐるりと巻く。これを注連縄という。
注連縄を回したら、そこから命綱を下ろして村人たちの胴に結んで命綱とする。こうして安全に歳神様の体に生えた雑草や苔をこそぎ落とすのだ。
口の中の掃除も大変だ。熱気と匂いで、長時間はいられない。
また、あちこちに尖った魔獣の骨が落ちているから怪我にも注意しないといけない。
だがこの骨というのが、また里の鍛冶屋にかかれば農具や槍の材料となるから、疎かにはできないのだ。
終わった者から、好き勝手に酒宴が始められる。ここで若衆は結婚相手を見つけようとする。
だから「かみそうじ」で男手は良い格好をしようと、自分の働きぶりを娘たちに見せつける。
歳神様はそうした酒宴の様子をしばらく見ていると、再び立ち上がって御山へ帰ってしまう。
この掃除から酒宴までが、ここ一帯における祭りといっても良いだろう。
歳神様が御山の中で魔獣どもを退治してくれるから、村の平和は保たれている。その対価として、村人たちは歳神様を綺麗に掃除する。
この関係がいつからあったのか。どうやって始まったのか。どうしてやらないといけないのか。
誰も知らないまま、今も「かみそうじ」は続いている。