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愚直な人たらし

 俺は間宮の腕を掴んで多目的教室Bを飛び出した。

 運動部の威勢の良い掛け声が体育館へ続く廊下に響いている。


「ちょっと、何するのよ」

「こっちのセリフだ、どういうつもりだよ」


 俺は息を吐いて聞いた。


「言葉通りだけど? ユージン君にはダンス同好会に参加してもらって、一週間で皆と仲良くなってほしいのよ」

「全く話が見えてこない。写真は今撮ったろ、あとは適当なキャプション付けてネットに投稿して終わりじゃねぇか、なんでそんなことする必要があるんだ」

「今のままじゃ依頼を達成したとは言えないの」


 多目的教室のドアを見て言う間宮。


「依頼の目的は『新入生がダンス同好会に入ること』よ。今日撮った写真でダンスに興味のない人がやってみたいって思うかしら?」

「それは」


 俺は返事に窮した。

 実際に見た彼女たちのダンスは俺が想像していたよりもクオリティが高かった。しかしながら逆に言えばそれだけだ。飛び抜けて上手いということもなく、鼻で笑うほど下手でもない。

 間宮が撮った写真は確かに整っていて彼女たちの動きやエネルギーを十二分に写し取っていると思う。が、何の特徴もない同好会に思わず入りたくなるような写真か、と聞かれるとやはり疑問符が浮かんでしまう。


「……でも、凛香さんも奈々子さんも喜んでたぞ」

「えぇ、私たちは依頼とは言えお邪魔している身。クライアントが納得しているのなら、私のエゴで撮影期間を延ばすことはできないわ」

「だったら」


 間宮は片目を閉じて「でもね」と付け加え、


「一人、納得していないのがいるでしょう?」

「……荒木か」


 俺は後頭部を掻いて、ドアのガラス越しに部屋の様子を見る。

 机や椅子といった備品は無く、広々とした空間の中。

 ストレッチをする荒木はマスクをしたままで、面白くなさそうに首を回している。何がそんなに気に入らないんだ。


「やっぱりメンバー全員に納得してほしいし、なにより私は彼女の生き生きとした顔を含めて撮ってみたいの。依頼達成には彼女の協力が必要不可欠よ」

「マジかよ」

「ダンス同好会全員が喜び、私も作品に満足し、なおかつ新入生を呼び込めるような写真を撮る。私たちが目指すのはそういうことよ」


 結局は間宮の頑固過ぎる感性が妥協を許さないということらしい。今言った条件に俺は全く関わっていないからな。

 間宮が今日の撮影に満足できないことはよ~く分かった。


「それで? 俺がダンスをやる意味は?」

「共通の経験をしたり苦楽を共にすると親近感が湧くものでしょ? 今日の私たちのような異分子が入り込んだ表情と、仲間内での表情はきっと違うはずなのよ。荒木さんと仲良くなればきっと柔らかい顔だって見せてくれるわ! 仲良し作戦よ!」


 またもっともらしいことを……。もしかして間宮はエキセントリックなのではなく、単に計画性が無く、思い付きの言動が多いだけなんじゃないのか。


「良い写真を撮る為にモデルとカメラマンの信頼関係が必要ってんならお前がやれよ。俺は撮らないんだからな」

「勿論、私も毎日通うわよ? でもダンスは……」


 急に歯切れ悪くなった間宮は俯きがちにゴニョゴニョ言う。


「あぁ、お前ダンス下手だから足引っ張りそうだもんな」

「っな!」

「陸に打ち上げられた魚みたいな動きだったし、リズム感無さ過ぎ。運動音痴だろ」

「う、うるさいわね! 人には得手不得手があるの! ダンスが出来ないからって何が悪いのよ!」


 間宮は顔を真っ赤にして俺に突っかかってくる。


「そこまで言うのならユージン君はさぞかし上手に踊れるんでしょうね? 明日からの同好会での活躍、楽しみにしているわ!」


 まるで三下の敵キャラのような捨て台詞を吐きつつ間宮は多目的教室のドアを開く。


 俺が参加することは決定事項なのね。

 まったく、どうしてこう喧しいんだ。ちょっと上目遣いでお願いしてくれれば俺だって吝かではないというのに。プライドが高いというか恰好つけたがりというか……。


「今日は撤収、機材を元の場所に戻しておいて!」


 結局、機材はほとんど使われることのないまま待機命令を解除された。

 天才を自称するなら撮影プランをしっかり立ててから弟子を使ってほしいものだ。

 え、待って? これをまた部室に戻すの? 泣いていい?


×××


 翌日、仲良し作戦、もといダンスサークル潜入生活が始まった!


 これまでの人生、様々なスポーツを経験してきた俺でもダンスを本格的にやったことはなく、文化祭のクラス発表とか体育のダンス授業でしか踊ったことはない。

 そんな俺がいきなり踊ってみろ、と言われても出来るはずがない。無様に失態して恥をかくだけだ。

 ……と、間宮はそんな風に考えていたんだろう。


 舐めるなよ? 


「すっごーい! 振付け完璧じゃん! え、嘘何で⁉ 昨日動画渡しただけだよね⁉ なんで踊れるの⁉」

「荒いところはあるけど、リズム感はあるし思い切りが良いからミスが目立たない。いきなりでも恥ずかしがらすにやれるのは才能だよ」


 飛び跳ねる凛香さんとポカンとした奈々子さんの賞賛の声が心地よい。

 ショートバージョンの曲が終了し、俺は二人とハイタッチ。


「いやー昨日死ぬ気で振付け覚えたんすよ! お邪魔する以上は迷惑かけられないっすから!」

「マジ⁉ 昨日一日で全部覚えたん⁉ 偉~!」

「やるね、ユージン」

「あざっす!」


 俺はタオルで顔の汗を拭い呼吸を整える。

 なんて良い気分だ。そう、俺はいつもこうして集団に溶け込んできたんだった。都合の良いように使われたり、雑用でパシられたり、そんなのは花水勇仁じゃない。写真部での俺は自分を見失っていたのかもしれない。


 俺は壁に背を預ける間宮に声をかける。


「どーよ、初日でこの溶け込みっぷり! どうせ俺がスッ転んだりするのを期待してたんだろうが、残念だったな! 俺は運動神経良いんだよ、ちょっと練習すりゃこれくらい楽勝よ!」

「ぐっ……無駄に器用で腹立たしい」


 歯噛みする、とはこのことか。間宮が歯を食いしばっている様は痛快だ。


「ユージン君! このままの勢いで次の曲も覚えてみない⁉」

「ぜひ、教えてください凛香さん!」


 昨日、家族に白い目で見られながらドタバタ練習した甲斐があった。これぞ充実感というものだろう。

 凛香さんの元へ行こうとした時、


「人たらし」


 座り込んだ間宮がジト目で俺を見上げている。


「あん? お前がダンスに参加しろって命令したんだろうが。ここまで上手くやってんのに何が不満だ」

「別に何も。私と部室にいる時より楽しそうだなって思っただけよ」

「……嫉妬?」

「ち、違うわよ! どうしてダンスには前向きで凛香さん達には人当たりも良いのかしら……いや、ユージン君はそういう性格か、ずっと……」


 一瞬、大きなタレ目が遠くのほうを見た。


「?」

「良い? ダンスはあくまで依頼の為。ユージン君は写真部、忘れないでよね?」

「へいへい、一応俺だって合間にカメラのこととか勉強してるんだけどな」

「SR101で何か撮ったの?」

「いや、それはまだ……つーか昨日貰ったばっかりでそんなすぐには」

「撮りたいものが思いつかないのなら、心が動いた瞬間にシャッターを押せば良いのよ」

「心が動く?」

「お、って思った時に押すの。難しく考える必要は無いわ」

「そういうもんか……」


 間宮は薄く笑いながらレンズを俺の方へ向けると、即座にシャッターを切った。奥のほうが燃えているような眼差しに俺は一瞬固まる。

 天才ぶるなよ、と茶化す気持ちにはなれなかった。クソ、間宮のクセにちょっとカッコいいじゃねぇか。今の俺は一体どんな顔をしていたのか。あんまり見たくないな。


「そういうものよ———、あれ……っ?」


 ニュートラル状態の間宮に感心しかけていたが、このままでは終わらないのが彼女である。クールな微笑みが崩れたと思ったら、急に慌て始めた。


「ひゃ! バッテリー切れ! 予備は……部室に置いてきたのかしら! あわわわわ、シャッターチャンス、今この瞬間にも二度と無いシャッターチャンスがあるかもしれないのにいい!」


 間宮はブレザーやスカートのポケットの中を引っ張り出すと、フィルムのケースやレシート、糸くずが零れ落ちた。ピンチの場面で役に立たないド〇えもんか。


「ユージン君、予備のバッテリー!」

「持ってねぇよ、んなもん」

「っもう! 助手なら先回りして用意してよね! というか充電しておきなさいよ!」

「お前が常に持っているもんを、俺がどうやって管理するんだ」


 間宮は手足をばたつかせながら多目的教室を飛び出していった。アニメならドヒューン! と間抜けな効果音が付きそうだ。これだもんなぁ……、危うく尊敬しちゃうところだったぜ。


「あっはっはっは! アンリちゃん元気だね」

「ふふっ、見てて飽きないよね、可愛い」


 元気で見ていて飽きないという点では先輩たちに同意だ。

 凛香さんと奈々子さんが部屋の柱に集まって水分補給をして笑う。


「……」


 ただ、そのすぐそばにいながら仏頂面で置物のように立っている少女が一人。

 ツリ目がドアの方向を見て、すぐに逸れた。

 荒木えまの黒マスクの下は笑っていないだろうということは、容易に想像できた。

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