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カメラマンのお仕事

 ここの校舎は通常授業が行われる新棟と音楽室や図書室等の特別教室がある旧棟が渡り廊下で繋がるH形の構造になっている。

 俺は間宮に指示され、名称不明の大量の撮影機材を旧棟の二階から新棟の一階まで運び入れた。往復三回は結構しんどい。内側に白い幕が張られた傘みたいな形のスタンドライトや、アルミホイルを張り付けたような丸い板など、命ぜられるがままに設置してみたものの多くは壁際に置かれ待機状態になっている。ちゃんと使うんだろうな? やっぱり必要なかったわ、とか言われたら泣くぞ。


「凛香さん最高! ヘソ出しの衣装が素敵! 奈々子さん透明感スゴい! ポ〇リのCMみたい! 荒木さんはカッコいい! 鋭い視線なんて女スパイみたいよ、ハリウッド女優も顔負け! そのピンクのグラデーション素敵ね、後で美容室教えて!」


 ダンスミュージックが流れる多目的教室Bの中で、間宮はカメラを振り回しながら縦横無尽に駆け回り、上から下から、と様々なアングルで連写しまくる。時には自身もダンスに加わり(ド下手だが)、器用にもその最中でシャッターを切っていた。そして、そんな全力運動をしながらも被写体を豊富な語彙で褒めまくっているのだからとんでもない。

 獅子奮迅、八面六臂の大活躍で、最早そういう前衛的なショーなのかと思ってしまうほどだ。


「ラストの決め、正面にお願いしまーっす!」


 床にダイブした間宮が寝そべってカメラを構え、曲が終了したと同時にフラッシュが瞬いた。


「ふぅ~っ! とっても素敵なダンスをありがとう! 本当にすごいわ!」


 アメリカのインストラクターかよ、すごいのはお前だ。アップテンポの曲に合わせて大暴れする様子は誰が見ても間宮がメインのパフォーマンスだと思う事だろう。天才という称号はあながち否定できないかもな。

 首筋に汗を浮かべた間宮が興奮冷めやらぬ様子で、これまで座って傍観していた俺のそばに駆け寄ってくる。


「どうこれ⁉ みんなカッコいいわよね⁉」

「あ、あぁ」


 また間宮の新たな一面を見た衝撃で呆然としていた俺に、眉を寄せた間宮がずいっと一歩近づいて小声で、


「ちょっと、ユージン君も大きくリアクション取りなさい。モデルを褒めてその気にさせるのはカメラマンの基本よ」

「えぇ……俺も?」

「助手でしょ? ほら、何か気の効いたセリフで盛り上げて」


 なんて無茶ぶりだ。

 だがそういうものだと言うのなら、仕方ない……。


「い、いやー同好会なのが勿体ないくらいっすよ、ずっとダンス続けてるんですか? 動きのキレとか素人じゃないですもん!」


 俺なりに頑張ったつもりだ。汗を拭ったり水分補給をしていたメンバーがポカンとした顔でこっちを見た。「急に何こいつ、つーか誰?」という視線が痛い。誰か俺を殺してくれ!


「あはは! ありがと! よく分かったね、皆地元のダンススクールにいた経験者だよ!」


 凛香さんっ! 流石は年上の頼れる女性だ。フォロースキルが高い!

 明るく笑う凛香さんは少し離れたところから間宮に声をかけ、


「アンリちゃんどんな感じ~? 良いの撮れた~?」

「そうですね、かなり良い感じです。このままでも十分素敵な写真になると思います」


 間宮はデジタルカメラを掲げて答えた。常に首から下げている古そうなカメラとは別に所持しているものらしく、カメラとレンズは数種類を常にリュックに入れているの、と誇らしげな表情で教えてくれた。


「見して見してー」


 一人の少女が俺たちの元へ小走りでやって来た。

 彼女は二年の森山(もりやま)奈々子(ななこ)さんという方らしい。しっとりとした黒髪を真っすぐ伸ばした清楚な雰囲気の人だ。服装も普通のTシャツに短パンで、凛香さんよりサッパリとした性格の印象を受ける。


「へーめっちゃキレーだね、凛香が言ってた通り上手だわ」


 カメラの液晶には長髪たなびく奈々子さんが映し出され、躍動感のある一枚に称賛の声を上げた。


「すごい動き回るからつい笑っちゃったよ。カメラマンって表情引き出すために色んなことするんだね」

「これくらい当然です! 慣れてない人はカメラを向けられると若干顔が強張りますからね、緊張の解し方はカメラマンの腕の見せ所ですよ」


 なるほど。七五三の撮影でカメラマンが音の鳴るおもちゃで子供をあやして、笑顔を引き出すようなものか。

 だが、それにしたって間宮の思い切りの良さは中々できるものじゃないだろう、と思う。よく初対面の先輩相手に大立ち回りができるもんだ。


「えまも見なよ、映えてるよ」

「はい」


 奈々子さんに呼ばれ、部屋の隅にいた背の低い少女が肩をゆったりと下げた姿勢で返事をした。

 眠たそうな目に重い足取りは写真の出来に関心が無いのを示しているかのようだった。

 ジャージ姿で、肩まで伸びた茶髪には毛先にかけてピンクのグラデーションがかかり、黒いマスクが顔の下半分を覆っている。派手な見た目とは裏腹にどこか気だるげでダウナーな雰囲気を纏っている。


「ど、どうかしら」


 同じ一年だが、ともするとヤンキーのような見た目に間宮が唇を引き結んだ。

 カメラの液晶をじーっと見ること数秒後、


「まぁ……良いんじゃない?」

「そう……あのね、あなたのマスクを取った姿もぜひ撮りたいのだけれど、どうかしら? きっと———」

「嫌」


 にべも無くハスキーな声でそう言うと、元の位置に帰って行ってしまった。

 奈々子さんが苦笑いを浮かべた。それ以外にどうしていいのか分からないといった感じだ。


「あぅ……」


 俺は打ちひしがれる間宮に耳元で言ってやる。


「気にすんな、あいつはああいう奴なんだよ」


 不愛想リトルヤンキーガールの名は、荒木(あらき)えま。実は俺と同じ一年A組の生徒だ。普段は派手めな女子グループの中で女子とだけ会話しているので、俺は彼女とまともに話したことがない。常にマスクを着けていて、そういえば出会って半年経っても素顔すら見たことが無い気がする。


 俺にしてみれば荒木の態度は平常運転なのだが、初めましての間宮はショックだったのか、フラフラとした足取りで凛香さんの方へ歩いて行った。

 二人は話し込んでいる様子で、時折こちらに視線を寄越してくる。


「?」


 アリの巣に水を流し込む子供のような純粋な笑みが恐ろしい。間宮、何を考えている。


 二分後、小走りで戻って来た間宮が耳を疑いたくなる一言を発した。


「ユージン君、一週間このダンス同好会に参加して!」

「ハハッ、なんでやねん」


 冗談だと思いたいが、間宮の顔は至って真剣。関西弁でツッコんでしまった俺がすべった感じになった。


「ふぅ~っ! 面白くなってきたねぇっ!」


 呆然とする奈々子さん、そして不機嫌そうに目を吊り上げる荒木。凛香さんのハイテンションな声がなければ俺は憤死した挙句爆発四散していただろう。


 それで何だっけ?

 このダンスサークルに俺が参加、だっけ?

 なんでやねん!

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