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写真部、始動!

 あんな写真いつ撮られたんだ、まったく覚えがない。

 俺は放課後を待たずホームルーム前に間宮のいる一年E組へ突撃を敢行した。

 途中の廊下で興味深げな視線を寄越してくる者や茶化してくる者もいたがそれは無視だ。


 教室の中央あたり、女子数名が談笑するグループの中心に奴はいた。ストラップ付きのカメラを首から下げているが意外にもカメラハーネスは着用していない。そういう常識はあるんだな。


「あ、ユージン君!」


 俺が声をかける間もなく、間宮は俺に気づき声を上げた。なんて良い笑顔しやがる、悪びれる様子など一ミリも感じさせない。


「すっごく良いでしょアレ⁉ キャッチコピー含めレイアウト全部私がやったのよ、私のセンスが光る会心の出来だと思わないかしら」


 絵本の太陽みたいな笑顔だった。


「ふざけんな! あんなところにデカデカと張り出しやがって!」

「? 何が気に入らないの? 玄関は全校生徒が絶対に通る場所よ? 確かに雑多で作品鑑賞には向かないかもしれないけれど、宣伝には最適な展示場所じゃない」

「そういうことじゃねぇ! 勝手に俺を広告にするんじゃねぇよ、晒し物だろうが!」

「あら評判良いのよ? 先生も皆も良いポスターだって褒めてくれてるし」


 あっけらかんと間宮は言い、俺は膝から崩れ落ちそうになる。天才風ポンコツ女は俺が恥をかいていることが分からないらしい。


「ね、皆アレ良いわよね?」


 反応を求められた周りの女子達も口々に「最高」、「カッコいいじゃん」と乗っかった。

 面白がりやがって......。

 多勢に無勢、ここに俺の味方はいないようだ。まあここに土門や篠山がいたとてアイツらも面白がるんだろうが。


「とにかく剥がせ」

「はぁ⁉ なんでよ⁉ せっかく作った広告なのよ⁉」

「あんなもんで依頼が来るかよ。大体、広告のモデルなら自分でやれば良いだろ」


 野郎の痛々しい姿より間宮が大写しになった方が華があるし、宣伝効果も高いだろう。そういう広告なら俺もちょっと見てみたいしな。

 だが、膨れっ面の間宮は唇を尖らせる。


「私が被写体なら、誰が撮るのよ」


 至極真っ当な意見が飛んできた。俺はカメラの操作方法など全く知らない。


「それに先生にも生徒会にも許可取っちゃったんだから、特別な理由がない限り掲示期限いっぱいまで剥がせないの、一週間はあのまま張っておくわ」

「じゃあ、勝手に広告にされた盗撮の被害者です、って理由があれば問題ないな」


 ケースクローズド。早速俺は生徒会顧問の教師に話を聞いてもらうべく踵を返す。

 が、椅子から身を乗り出した間宮に制服の袖を掴まれてしまった。


「盗撮じゃない、スナップ写真よ!」


 物は言いようだ。


「無断で撮った写真を芸術作品だ、って言い張るのはカメラマンのエゴなんじゃねぇの? 一般人からしてみれば迷惑な話だ。天才を自称するのは勝手だけど、何でも許されるわけじゃねぇよ」

「そ、それは……」


 俺は何か間違ったことを言ったか。確かに勢いに任せた発言ではあったが言葉自体は正論のはずだ。


 だが言葉に詰まった間宮はらしくもなくそのまま下を向いて黙ってしまった。


「ひっどーい、良い写真なのにねー、よしよし」

「花水君、それはライン越えだよ」


 結託した女どもが間宮を慰め俺を責める。

 バカな、俺が悪い感じにぃっ⁉


「い、いや……俺は勝手にポスターにしたことを抗議したいだけで傷つけるつもりは……」


 その時、間が良いのか悪いのか分からないチャイムが鳴り響いた。

 E組の教室に教師が入って来る。俺も自分のクラスに戻らねばならない。時間切れ、水入りだ。


「だああ! 勝手にしろよもう!」


 俺はそそくさと撤退。

 負け犬じみた気持ちで廊下を走りながらふと思う。


 そういや、伝家の宝刀たる『俺のやらかしが記録されたネガ』とやらを出さなかったな。分が悪くなるとアレを脅しに使うと思ったのだが———。


 やばい、A組の教室に久保田先生が入ろうとしている。遅刻扱いは勘弁だ。

 

×××


 俺はその日の午前中をずっとイライラして過ごした。なぜ俺が狭量みたいな扱われ方をせにゃならんのだ、俺は間宮に振り回された言わば被害者だし、誰だって勝手に撮られた写真を衆目に晒されたら良い気分はしないだろう、なのに間宮がやる分には問題なしとはどういう了見だ、とネチネチ心の中で愚痴っていた。


 だが、クラスメイトの男子にイジられたり、女子の話題にされ冗談でも「かっこいいねー」なんて言われたものだから、昼休みになる頃には「まあこれも美味しいか」なんて考えるようになっていた。我ながら単純でチョロいもんだ。


 それに間宮の暴走とも言える今回の一件は彼女の純粋さが故と考えることができる。

 昨日眠る前のベッドの中で俺はふと思い立ち、ネットで間宮アンリの名を検索してみた。規模は分からないがいくつもの写真コンテストで賞を取っているらしく、地元紙やテレビ取材の記録が十数件ヒットした。昼休みに土門が教えてくれたSNSアカウントも確認してみるとフォロワーは十万以上だった。投稿内容は自身の作品やカメラの事ばかりで素顔を出すような安い売り方はしていなかった。

 中には、写真に興味のない俺でさえSNSのタイムライン上かどこかで見たことがある作品があり、俺は心底感心したのだ。


 間宮は本当に写真が好きらしい。


 夢中になっていると他の事が見えなくなる、とどこかで聞いたことがある。間宮は純粋に写真を愛するからこそ突飛な行動に出てしまったのかもしれない。何にも夢中になったことが無い俺には分からない感覚だが、きっとそういうものなんだろう。


 だったら一々目くじらを立てるべきではない。広い心で許してやろうじゃないか。

 なあに実害があったわけじゃない、これも写真部で上手くやっていくのに必要なことさ。


 などと考えていると放課後だ。日照時間が短いと一日が短くなったような気になるのが不思議である。


 視聴覚室に入り、その奥の準備室のドアの前に立つ。

 間宮の機嫌はどうなっているか。少し気まずい予感がする。


「うーっす」


 俺は努めて適当な声で部屋に入った。


「遅いわよ、今日こそはあなたに写真のことを勉強してもらうわ!」


 間宮は窓際のパイプ椅子に座って早速そんなことを言ってきた。杞憂だったな。


「ご機嫌だな、少しは大人しくなったかと思ったが」

「う、うるさいわね。私だってちゃんと反省したのよ。部内の撮影だから盗撮にはならないけれど、確かにモデルの許可なく広告にしたのは悪かったわ、ごめんなさい!」


 いまだかつてこれほど力強い謝罪があっただろうか。謝罪という概念が間宮の常識の中にあったことに俺は笑った。


「次からはちゃんとユージン君から許可を貰ってからにするわね」


 次があるのかよ。あまり考えたくないな。


 俺は椅子を引きつつ、


「それまでに俺もカメラの使い方を覚えるさ、順番的に次の宣伝写真はお前だろ?」

「え、私?」


 間宮はきょとんとした。


「俺の写真に宣伝効果があるとは思えん、間宮のルックスを全面に押し出した写真を使えばお前に撮ってもらいたいって奴が現れるかもしれないだろ?」

「そ、そうかしら、その発想は無かったわね」


 はにかんで辺りをキョロキョロする間宮。ウルフカットの襟足の先がぴょんぴょん跳ねて犬の尻尾みたいだ。こいつもこいつで結構チョロい気がする。


 こほん、とわざとしく咳払いをした間宮は、


「でも次の機会は先になるかもしれないわね」

「あん? 何でだ?」

「かなり反響あったもの! クラスの子もそうだけど、今日は色んなところで声をかけられたわ、もしかすると学校祭の展示以上の宣伝効果よ! 見てなさい、きっとすぐにでも「写真撮ってください」って依頼がやって来るわよ!」


 んな都合の良い……。


「あなたが入部した途端、写真部の運気が上向いている気がする! ありがとね、ユージン君!」

「ははっ、俺は座敷童かよ」

「招き猫かも」


 言い得て妙である。なぜなら俺は写真部において何ができるわけでもない置物なのだから。いや全然褒められてねぇな。

 上機嫌な間宮にカメラを向けられ、俺は咄嗟に右手首を曲げて掲げ招き猫のポーズを取ってやった。間宮のコロコロとした笑い声が心地良い。

 今まで運動部にばかりいたからこういう緩い空気は逆に新鮮だ。悪くないね。


 ともあれ、間宮と俺の写真部はここからがスタートだ!


 さて、一体何から始めようか。最初に間宮は「好きに活動してくれて良い」と言っていたが、俺は俺の美的センスを信用しちゃいないし、これといって撮りたいものもない。

 構図とか用語を勉強したら良いのか、それとも弟子らしく師匠について回れば良いのだろうか。


 目標も方針もなく早速迷子になりかけたが、そんな俺のちんけな戸惑いはとある訪問者によって解消されることになる。

 誰かって?


 依頼者だよ。


 全く信じがたい事だが、俺のポスターを見た人が本当に撮影依頼を持ち込んで来たのだ。

キャラの名前は実在の写真家やカメラマンを由来にしています。気づく人いますかね。

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