夢中になること
ある日の放課後、使わなくなった機材や教材が場当たり的に押し込められたジャンクヤードな視聴覚準備室。
いつもなら間宮がカメラのウンチクを聞いてもいないのに熱心に説明していたりするのだが、今日は違っていた。
具体的に何が違うのか、というと、熱心に喋っているのは俺なのである。それも荒木に、だ。
「頼むって、ちょっと映画観に行くだけで良いんだって! 入江さん、性格はまぁアレだけど面はまぁまぁ良いほうだしさ、ノリも良いし、きっと楽しいと思うよ、本当!」
「っざけんな、あのヤキソバ頭とデートなんて行くわけないでしょ! まともに話したことも無い先輩と映画って、絶対ストレスだから!」
「いやいや話したことないからこそ、だろうが! デートに行くからこそヤキソバ先輩の人となりが分かるんじゃねぇか!」
「いや普通に分かりたくもないし。そもそもヤキソバ先輩って私的に全然タイプじゃないから、もっと背高い方が良いし。私には何のメリットもないわけ。はい、この話はおしまい」
「ヤキソバ先輩は身長なんて気にならないくらい、あらゆる意味で大きな男なんだよ、きっと不愛想なお前でもはしゃぎ倒すくらい楽しませてくれると思うね!」
「性格がアレとか今言ってなかった⁉ はぁ、まったく……そんなに言うならさ、花水も一緒に来るんだったら行っても良いけど? それなら、その、多少安心だし……」
「え、俺も? ふざけんな、アイツと遊びに行くぐらいなら深瀬本人に『クソババア』って吐きかけた方が百倍マシだわ!」
「アンタは! そんな男とデートに行かせるつもりか!」
「あのヤキソバ野郎、『勝負に勝ったんだから、えまちゃん紹介しろ』って言うんだもん。お前がある程度付き合ってくれなきゃ、代わりに俺がどんなことさせられるか分かったもんじゃねぇんだぞ⁉」
「知るかバカ! もう私ダンスの方に行くから!」
入江があんな勝負を受けた理由はそういうことだったわけだ。俺のことはついでにボコっておくか、くらいの感情しかなかったのかもしれない。間宮に影響されたわけでは無いが、少しは『対決の中で通じ合えたかな~』とか思わなくも無かったのだが……。
ともあれ、勝負に負けた俺は、こうして荒木に頼み込んでいるのである。
しかし、事情を伝えたところ、荒木は烈火の如く怒り始めてしまった。
「おい、ちょっと待てって」
「勝手にぶん殴られてろ、フンッ!」
荒木は吐き捨てるように言って、ドアを叩きつけながら閉めた。
交渉決裂。どうしよ、遺言状の書き方を調べる必要があるかもしれん。
ドアに伸ばしていた腕を引っ込め、俺は倒れ込むようにイスに体重を預けた。
「入江さんはえまさんの事が好きなのかしら?」
「いや、面が良いから唾をつけておこうってことだと思うぞ」
これまで俺と荒木の間で視線をシャトルランさせていた間宮が唐突に聞いてくる。背もたれに寄り掛かって天井を仰ぐ俺は、姿勢をそのままに答える。
「なるほど……確かにえまさんは可愛らしいものね」
間宮は顎に手をやって真剣に考え込んでいるようだ。何を考えているんだか。
「……お前は口説かれなかったのか?」
「え、私? プライベート用のSNSで友達申請が届いたけれど……、そう言えば誰からこのアカウントの存在を聞いたのかしら、不思議だわ」
「ガードしっかりしとけ」
一般的な女子高生ならもっとこの手の話題にはもっと敏感だろうに、この女はやっぱりどこかズレている。恋バナよりも、『旅行に一本だけ持って行くならどの焦点距離のレンズが最適か』って話題の方が白熱した議論になるだろう。
「大丈夫、私は写真一筋だから!」
「言うと思った」
好意を向けてきた男に容赦なく高濃度のカメラ知識を披露しそうだし、デートに誘ってもカメラショップはしご旅とかになりそうだ。現に札幌じゃそんな感じだったし。あ、札幌と言えば———。
「クリスマスにどこか遊びに行かない? って誘われたのだけれどクリスマスシーズンは撮影ネタが多いから断ったわ。クリスマスに出かけるなら写真部の方が実利的だもの」
「いやめっちゃくちゃ口説かれてんじゃねぇーかっ!」
イスから立ち上がってツッコむと、間宮は脚を組み替え、余裕たっぷりに微笑んだ。
「ふふっ、そうなの。私って実はモテるんだから」
首を少しだけ傾け、指先でちょんとウルフカットの髪を触る。
クッソうぜぇ。モテアピールしても好かれてんのはあの入江だから。ヤキソバヘッドのヤリチンに好かれても何の自慢にもならねぇから。
「ふん、どうせモテるとか言って、まともに付き合ったことねぇんだろ。お前の無軌道さを受け入れられる度量の大きな男子高校生なんてそうそういねぇだろうからな」
「んなっ……そそそそそそんなこと無いけれどっ、そういう、ゆ、ユージン君はどうなのよ⁉ 偉そうに上から言えるほど色んな経験があるって言うの⁉」
「あぁ俺か? そうだな、あれは中二の夏休み———」
「わ、わああああああああああああ! やっぱり無し! 聞きたくない聞きたくない! 聞いたら立ち直れない! 何より敗北を認めるのが怖いっ!」
何やら情けないことを叫びながら両手で両耳を抑える間宮。やがて一しきり取り乱した後、何かに気がついたように目を見開かせ、反撃に出た。
「何よ、私のパン、下着覗いたくせに!」
おっと、久しぶりにその話題を持ち出しやがったな。
間宮のスカートを覗こうとした俺の間抜け面が写真に収められてしまった、あの一件のことだ。無論、それは間宮の論であり、俺は一瞬気を取られただけにすぎないと主張している。決して覗く気は無かった。決してな。
これが俺と間宮のファーストコンタクトであり、俺が写真部に強制入部することになった原因である。
だが、写真について勉強していたところ、俺はある真実に到達した。
バカめ間宮、俺がカメラ素人だからっていつまでも騙せると思うなよ?
「な、何よ、不気味に笑って……」
「最短撮影距離」
ボソリと言うと、間宮はギクリと固まった。
「レンズには被写体にピントを合わせられる距離が決まってるんだってな、その最短の距離のことを最短撮影距離って言うらしいじゃねぇか」
唇を引き結んで視線を彷徨わせる間宮。
「お前があの時使っていたフィルムカメラのレンズは、一メートルは離れないとピントが合わない古い標準レンズ……そして、あの時の俺とカメラの距離は一メートルも無かった! そうつまり! お前が鬼の首を取ったように掲げる証拠写真は、誰が写っているかも分からないピンボケ写真のはずだ! 違うか間宮⁉」
問い詰めると間宮は、一瞬だけ顔を逸らす。向き直った時には大きな目をクールに細めており、落ち着いたトーンで言う。
「驚いたわユージン君、もうそんなことまで覚えたのね。写真に興味が出てきたようで私も嬉しいわ、今度はえまさんも一緒に撮影会に行きましょう。ちょうど今時期の大通公園はイルミネーションがキレイなのよ。ダンス練習が終わる時間に連絡入れてみようかしら」
「なに華麗にシカトこいてんだ」
あまりにも自然な無視っぷりに、俺死んだのかと思ったぞ。
「都合が悪くなったからって聞こえないフリですかぁ?」
「う、うるさいわね! そうよ! あの時撮った写真はボッケボケのブレッブレで何を撮ったのかも分からない写真だったわよ! わああああもうバレたあああ!」
「こ、コイツ開き直りやがった!」
「だって初めて写真部の見学に来た人だったのよ⁉ どんな手を使ってでも入部させなくちゃと思うのは当然じゃない!」
「身を削り過ぎだろ」
「初めから見せるつもりなんて無かったわよ! そ、その後のアレは本当に事故だし……う、うぅっ、思い出させないでちょうだい!」
頭を抑えた間宮はそのまま机に突っ伏して動かなくなってしまった。
こうなると少しかわいそうな気もしてくる。いや全面的にコイツの自業自得なのだが。
「まぁ今になって部活辞めようとは思わねぇし、いいけどな。カメラまでプレゼントしてくれたし」
間宮は首を動かして、潤んだ瞳で俺を見る。
「本当?」
「お、おう……だから俺が覗いたとか言って強請るのは止せ。荒木に知られたら一生軽蔑されそうだから」
俺がそう言うと、間宮は大きく息を吐いて、べちゃぁと机に上半身を預けた。
「良かった……」
涙ぐんだ目と赤らめた頬、安心しきったような微笑みに、俺は思わず視線を逸らしてしまう。
なるほど、モテるわけだよ。俺じゃなかったら落ちちゃうところだぜ。
早急に話題を替えねば非常に危険な空気だと察知した俺はカバンの中に手を突っ込む。
「ま、そこでだ。プレゼントを貰いっぱなしってのも悪いから、今日はユージンサンタから間宮ちゃんにクリスマスプレゼントがあります」
「へ……そんな」
キョトンとする間宮に掌ほどの包装用クリアポケットを渡す。
「これ」
「いや別にたいしたもんじゃないんだけど、てか、勝手に使って悪いかなーって気がするくらいだし……ほら、前に部室掃除した時、使用済みパトローネをストラップにしたいって言ってただろ?」
間宮は丁寧に包装を取り、ストラップの金具リングを摘まみ上げる。
パトローネの上部に穴を開け、そこにストラップを通しただけの代物だ。一応、飾りとしてカメラのミニチュアも付けてある。
「……」
パトローネの山の中から少しばかり拝借し、間宮の別宅に泊まらせてもらった日、夜なべして作ったものである。工具や材料は気まぐれに入った百円ショップで購入しておいた。
「あの、間宮さん?」
間宮は喜ぶでもなく、無言でいろんな角度からストラップに注目している。
あれ、外したか? それとも勝手にパトローネに穴開けられて怒ったか?
「これ、どうやって穴開けたの⁉」
「え、あぁ、百均のキリで」
「すごいすごいすごい! 昔私がチャレンジした時は上手く行かなくて手が血だらけになったのだけれど、こんなにキレイに作れるなんて。さすが器用ねユージン君!」
「そ、そうか? はは」
感心してくれながら間宮はイスを離れ、自身の通学リュックにストラップを取り付け始める。
「どうかしら⁉」
小学校入学を控えた子が祖父母にランドセルを背負って見せるように、リュックを背負って振り向く。
「おう、良いんじゃねーの?」
黒いリュックのファスナー部分に黒と黄色の円筒が揺れている。
「ありがとうユージン君、大切にするわ」
間宮は何度も振り返り、その度に揺れるストラップを満足そうに眺める。
ウルフカットに派手な顔立ちの外見から受ける印象とは裏腹に、草原を走り回る少女みたいに笑っていた。
カメラを貰った礼としては随分安上がりで粗末なプレゼントだったかも、と思っていたのだが、間宮が喜んでいるならこれで良いか。
キラキラと瞳を輝かせ、本当に楽しそうだ。
「クリスマスも良いけどよ、冬休みはどうすんだ? 北国の冬休みは長いんだろ?」
何かに夢中になることは、素晴らしいことでもあり、苦しいことでもある。それを教えてくれたのは間宮と彼女に付随して起こった様々な問題だ。
俺が何に夢中になれるのかは、俺自身未だによく分かっていないが、それでも俺は、写真部で活動している時間が好きだ。だから、もう少し続けてみようと思う。写真部と向き合ってみようと思う。
「よくぞ聞いてくれました! 皆でスキー場に行こうかと思っているのよ。で、ユージン君がスノボでジャンプ台から華麗に飛ぶ姿を激写! 抜けるような青空と舞い散るパウダースノー! どう⁉ これはすごい作品になるわよ⁉ フォトコンにだって出せるはず!」
一人大盛り上がりの間宮。
またガバガバな撮影プランを提案してきやがったな。俺はスキーなら中学の修学旅行で経験しているが、ボードの経験は皆無だ。そんな人間にこのポンコツは飛べだ何だ、と勝手に話を進めやがる。
だがまぁ、文句の前に、まずもって言っておかねばならないことがある。
「撮られるなら、カッコいいボードウェア買わねぇと、だな」
「しょうがないわねぇ、付き合ってあげるわ!」
俺が笑うと、間宮も笑ってシャッターを切った。
これにて完結です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
自分が好きな雰囲気の青春モノを描けたかなと思います。楽しんでいただけたら幸いです。




