決着
とまぁ、ちょっと自分に酔ってみたりしても、体力が回復するはずもない。
第二セットは酷いものだった。
俺のシュートは入らず、というかただ放り投げただけのもので、ボールはあらぬ方向へ飛んでいき、攻撃にもならなかった。
対する入江のプレーは冴えわたる。
俺のデイフェンスを掻い潜り、崩し、得点を重ねる。あっという間に点差は離れていった。
入江の最後の攻撃。フェイントに引っかかった俺は無様に膝を付き、入江がレイアップを決めるのを地べたで眺めた。
はい、第二セット終了。ゼロ対六。
「こら! 真面目にやりなさい! 全然面白い画が撮れないでしょ!」
間宮が檄を飛ばしてくる。
無茶言うなよ、こっちはバテバテだ。
電池切れのリモコンに喝を入れたって動いちゃくれないだろ? それと同じだぜ。なんなら代わりにおまえがやってくれても良いんだぞ? お前がドリブルする度に揺れる二つのボールを見れば、怒髪天の入江もえびす顔になるだろうさ。
転がるボールを拾い上げた入江の横顔に喜びの感情は無い。圧勝したというのに、少しも表情を緩めない。それどころか、更に不機嫌そうに細い眉を歪め……あ……?
おいおい、こっちに来るぞ。
「本気でやれって」
入江は座り込む俺を見下ろし、低い声で呟いた。
何だよ、いきなり。随分と熱いセリフを言うじゃねぇの。
驚きつつも、俺はなるべく柔和な顔で答える。
「いやいや、本気っすよ? 俺の事買いかぶり過ぎですって、はは」
「そういう、なんでも器用にやってやろうとするところがキモイんだよ」
言うだけ言うと、入江は半回転して離れて行った。
俺の周りにいる一年生達がざわつく。
「なにあれ?」
「僻みでしょ、ユージンが上手いから気に入らないだけだって」
どうかな、今のはそう言う感じでもない気がするが。
「バレバレなんじゃない?」
不意にかけられた声に心臓が跳ねる。
声の主は荒木だった。
「体力尽きたフリで温存する作戦でしょ?」
「あ~、見てて分かっちゃう?」
「別に、露骨に手を抜いてる感じはしない。……ただ、私は同好会での花水のダンス見てるから。振付け覚えて何日も参加し続けたアンタがこんなにすぐへばらないでしょ。それに、今は息が戻ってるし」
あほくさ、という目で見てくる。
「初めから第三セットが勝負のつもりだったんだよ。さすがに二セット連続でアクセルベタ踏みプレーはできないからよ。戦略だ戦略」
「それが気に入らないんじゃない? あの先輩は」
「らしいな、駆け引きだってスポーツの醍醐味だってのに」
「あっちが求めるのは、そういうのじゃないでしょ。分かってるんでしょ?」
「……」
「性格悪い」
「お前あれだよな、結構俺に当たりが強いよな」
「器用なのが鼻につくからかも……?」
「うわ、性格悪」
ジト目で荒木を睨み返していると、そこへ空気を読まないカメラマンが突っ込んできた。
「何をしているの⁉ 今のプレーは何っ⁉ 本気でやらないと意味が無いのよ⁉ ダラダラやっていたって真に迫る写真は撮れないの、本気でやるからこそ魂が宿るんじゃない!」
「分かってるって」
本気だの魂だの、入江も間宮も熱すぎるぜ。
そんなことは俺だって分かってんだよ。
これは本気でやらなきゃならない勝負だってことは最初から知っているんだ。
だからこそ、今のセットを温存させてもらった。最終セットで全力を出す為にな。
「心配すんな、本気でやってくるから」
インターバルが終わる。俺と入江は再び向き合った。
この二分で勝負が決まる。その間、走りっぱなしだから会話の余裕なんて無いだろう。
だから、今しかない。
「どうしてこの勝負受けたんです? 入江さんにメリットないでしょ」
キャプテンも周りの部員も固まった。
「現役の二年選手が辞めた後輩とサシで勝負なんて……もし負けたらヤバいっすよ?」
既にディフェンスの姿勢を取る入江は、
「合法的にお前をボッコボコにできるって聞かされたからよぉ」
薄く笑って答えた。
「俺だってね、あの廊下でのこと結構ムカついてるんですわ。ガチで勝ちに行きますよ」
「あっそう、お前の気持ちなんてどうでもいいけど、本気で来るんなら最高だわ」
×××
ボールを受け取った瞬間、入江がプレッシャーをかけてくる。
しかし、今回はかなり近い分、正面を取れていない。
俺はスピンムーブを織り交ぜゴール下まで一気に運ぶ。強く短いステップで踏み切る。これでもかというほど、俺は高く飛んでやった。
当たり負けるはずもなかった。
放ったレイアップがバックボードに当たり、リングを回って落ちた。
「っしゃあ!」
まずは俺が先制。
入江は上手くなった。技術や体力ではもう勝てないだろう。だが、俺にはフィジカルがある。体格を活かし強引にもぎ取らせてもらうぞ。
「……ちっ」
歓声の中に舌打ちの音が聞こえた。
ようやくアンタらしくなってきたじゃねぇか。
攻守交替。入江のボールだ。
実を言うと、第一セットから入江のドライブをまともに止められていない。細々としたテクニックを使われているとはいえ、抜いてからレイアップ、というワンパターンで押し切られている。何をしてくるかは分かっているのに止められないのだ。
実力不足という言葉を頭から追い払え。とにかく一本止める。イラつき始めた今が付け込むチャンスだ。
腰を低く、サイドステップの準備、片手で常にボールにプレッシャーをかけ続けろ。相手の正面に立ち、ドライブの方向を予測しろ。ミニバスで習うようなディフェンスの基本を実行する。
「……っぐ」
明らかに攻めあぐねている。このまま十四秒経過させ時間切れにしてやる。
俺がそう思った時だった。
入江はジャブステップで左にドライブ、これに回り込んだのもつかの間、左足を軸に右回りのターン、振り向くと同時にワンモーションでシュートを打たれた。
ネットが揺れる。
「っしゃおらぁっ!」
そらそうだ、レイアップしかできないわけがない。これまで見せていなかっただけだ。
何が、本気でやれ、だよ。アンタだって実力の全部を見せてないじゃねぇか。しかも俺よりずっと冷静じゃねぇか。
もういい、とことんやってやるぞ。
———応酬は続いた。
俺たちは互いに追加点を許さない。目の前の一本に全神経を集中させていた。
俺がドライブを仕掛ける。回り込む入江。その場に縫い留められた俺は十四秒を消化。
攻撃権が移り、入江の攻撃。
まるで仕返し。プレッシャーをかけ続けた俺は、ドリブルの隙を突いて、シュートモーションに入る前にボールを弾き飛ばした。
こんなやり取りが2ポゼッション続いた。
汗を吸ったシャツは重く、鉛のような疲労と共に俺にのしかかる。息は切れ、鼓動は速く、頭はどんどん単純になっていった。
俺が動くと、入江が動く。入江が動けば、俺が応じる。
入江の口の端が持ち上がるのが見えた。たまらず、俺の口角も上がる。
入江がシャツを脱ぎ捨てれば、俺もシャツを脱いだ。
停滞するスコア。一層盛り上がる部員達。
残り時間が少なくなるほど、次のプレーの緊張感が増していく。
「っしゃらあああああああああああああああっ!」
俺は拳を突き上げた。
バックチェンジで揺さぶり、切り込んだゴール下で飛び上がる。
一度目のシュートモーションに反応し飛び込んできた入江を躱し、空中でボールを持ち換え完全にタイミングを狂わせた。
完璧なダブルクラッチが決まった。
四対二。
残り時間はもうない。
次の入江の攻撃が最後である。つまり、これを止めれば勝ちだ。
接戦を演じるとか、皆が納得するとか、そんなことはすっかりどうでも良くなっていた。
この勝負に勝ちたい。
ただその一念だけを胸に、俺は構えた。
目の前の一本に集中する。
この後のことなど俺は知らん。
右か左か、どっちに切り込んでくる。どこからでも来やがれっ。
決着は一瞬だった。
入江がボールを受け取った瞬間。
「な……」
反応できなかった。
完全にやられた。狙ってやがったのだ。
美しい弧を描き、あっさりと、実にあっけなく、ボールは俺のはるか上空を通過していく。
これまで入江はドライブを基本に試合を組み立てていった。レイアップ以外のシュートはフェイダウェイ気味に放ったこのセット最初の一発のみ。
だから、失念していた。否、初めから無いと思い込まされていたのだ。俺は反応できなかった。
今日、初めてのスリーポイントシュートだった。
反射的にゴールの方を見るが、俺はそっと瞼を閉じた。
見るまでもない。あれは入る。
そう確信できるほど完璧なシュートモーションと軌道だ。
パッ、とネットが揺れる音が響いた。
それと同時にホイッスル、そして歓声が爆発した。
四対五。
入江さんの勝ちだ。




